1話5分で読めるギリシャ神話

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慈みの女神たち 後編

パラス・アテナ
〈パラス・アテナ像〉オーストリアの議会前

〔舞台はアレス丘の法廷の場。アテナ女神、12人の市民裁判官を率いて登場。
「無慈悲の石」側に復讐の女神(以下「コロス」)「非行の石」側にアポロン神とオレステス〕

アテナ〔アポロン神に向かい〕
「アポロン神よ、神のお立場なら、ご自由に判断すればよいでしょう。なにゆえ、このような裁判におかかり合いか」
アポロン
「私は証をたてるために出てきたのだ。この男オレステスは私への嘆願者であり、流した血を浄めてもやった。私の託宣のため、自分の母を殺めたのだから、弁護の役も引き受けよう。さらば、裁判の開始をすすめ、裁きをしてくだされ」
アテナ
「では、裁判を開廷いたします。〔復讐の女神に向かい〕ではまず、原告として事実を正しく申し立てて下さい」

コロス
「話はごく手短にすませましょう。
〔オレステスに向かい〕順を追って訊ねるので、返事をしておくれ。最初に、お前は母親を殺したかどうか」
オレステス
「殺しました。すこしも否認いたしません」
コロス
「これでまず先手必勝1本。で、どんなふうに殺したのかね」
オレステス
「手に剣を持って、首のうしろに斬りつけました」
コロス
「誰にそう説得されて、また、誰の謀ごとでか」
オレステス
「ここにいらっしゃる証人、御神アポロン様のご託宣です」
コロス
「どうして殺したのか、裁判官たちに教えておやり」
オレステス
「夫でもあり、同時にまた私の父であるアガメムノン王を殺害したからだ」
コロス
「お前はまだ生きている。だが、奥方はもう死んでいるから咎はないのだよ」
オレステス
「そんなら、どうして夫を殺した母を、あなたたちは追い回さなかったのか」
コロス
「殺した夫とは、血縁ではなかったからだ。お前は母親に抱かれ、乳を飲ませてもらい、育てられながら、その一番大切な母親の血を認めないというのか」
オレステス〔アポロン神に向かい〕
「どうか、証人に立って、お説き明かしを。この流した血が神意に照らして正しいことをお示しください」
アポロン
「みなさんにはっきり伝えたい、それは正しきことと。予言を伝える者として、嘘は言うまい。オリンポスの御父神ゼウスの意図でないものは伝えたことがない」
コロス
「では、ゼウスがその託宣をあなたにくださせ、そこのオレステスに命じた、というのですかえ。父親の死には仕返しをし、母親はてんで大切にしなくていいって」
アポロン
「いかにも。素性正しきアガメムノンがゼウスの授けたもうた王笏をとり、名誉の中で死を迎えるのと、婦女の手にかかって果てるのでは、決して同じことではない」
コロス
「ゼウスは父親の方を大事にするって!ゼウス自身が父クロノスから王権を奪ったというのに」
アポロン
「母というのは、父から胤(たね)を受けて胎内で育てる者にすぎない。子をもうけるのは父親なのだ。
パラス・アテナよ、オレステスを御身の社に嘆願者として送り込んだのも、彼と後継者が御身に信義を保ち、アテナイの同盟者として、末永く享受できるようにしたためである」
アテナ
「では、アテナイの裁判官、由緒ある伝統の掟にのっとり、投票の石をとり判決を下すのがよかろう」

〔票石を数え終わり、裁判官たち、その結果をアテナに報告する〕
アテナ
「白黒同数と出ましたので、掟により私の1票で決まります。私はオレステスに入れますゆえ、彼は無罪と決まりました」
オレステス
「おお、パラス・アテナ様、あなたは私の家をお救いくださいました。今より後、アルゴスの君として民を率いる者は、決してこのアテナイに鉾先を向けはしないでしょう」
コロス
「なんということだ。新しい神々ったら、昔からの掟をやぶり、足蹴にかけたな。こうも侮辱されたからは、この土地に毒を、嘆きのかわりに毒を吐きかけてやる」
アテナ
「そう悪態をつくのは止めなさい。同じ数の判決だったのですから、あなた方の不面目にはならないはずです。私は、あなた方に充分誠意をつくして約束をいたします。あなた方に、このアテナイに立派な隠れ家、御座所をさしあげましょう」
コロス〔憤激まだ去りやらぬ形で〕
「ああ、こんなひどい目にあうなんて。古い掟を守る私たち神々が、この地でさげすみを受け、忌み嫌われて住んでいこうとは」
アテナ
「まあ、私の予言をお聞きなさい。このアテナイは、これから先大いなる名誉を受けていきます。そして、あなた方は、エレクテウスの宮のそばに、他の国々からは決して受けることのできぬ御座所をもち、市民から尊崇を享受されましょう。こうした道をお勧めしているのです」
コロス〔なお不満の形で〕
「ああ、こんなひどい目にあうなんて」
アテナ
「あなた方のためにはっきり言います。あなた方はこのアテナイで正しい権威を享受し、名誉を受けていくのです」
コロス〔少し落ち着いて〕
「どんな位を、誉れの役目を私たちにくださるとおっしゃるのです」
アテナ
「どんな家でも、あなた方なしでは栄えていけない、というのです」
コロス
「ほんとうに、そうまでしてくださいますの、そんな大きな権限までも」
アテナ
「ええ、あなたがたを敬い崇める者だけに、その幸せをさしあげてください」
コロス
「では、アテナ様と一緒の住居をお受けしましょう。また、この都を侮ることもいたしますまい。
草木を害う禍が、燃え立つような暑さで吹きつけ、
木の芽を枯らしたりせぬよう、
鞘皮から外へ萌え出るのを押しとめる、
これが今いう、私たちの慈(めぐ)み」
アテナ
「そうした慈みを、私の国にしてくださるあなた方の、お心づくしを嬉しく思います。
これで、今日の裁判を閉廷いたします」

〔一同、退場していく〕

市民たちの先達
「末永くアテナイの市民は護られましょう、万事ごらんの御神ゼウスは、運命の女神たちと、こう決定されましたゆえ」

ネメシス
モロー〈ネメシス〉
ネメシス(人間が神にはたらく無礼に対する神の憤りと罰の擬人化):ネメシスは元来は「義憤」の意であるが、よく「復讐」と間違えられる。擬人化による成立のため、成立は比較的遅く、その神話は少ない。主に有翼の女性として表される。アテナイではネメシスの祭、ネメセイア(Nemeseia)が行われた。これは十分な祭祀を受けなかった死者の恨み(nemesis)が、生者に対して向かわぬよう、執り成しを乞うことを主な目的とした。(ウィキペディアより)