1話5分で読めるギリシャ神話

ギリシャ神話の神・女神・英雄のエピソードが、絵画で分かりやすい。また、ギリシャ神話はあなたの美術鑑賞に役立ちます。〈アートバイブル〉も、絵画でわかりやすい聖書です。

縛られたプロメテウス 後編

プロメテウス像
ニコラス・セバスチャン・アダム(プロメテウス像)ルーブル美術館

イーオー
お聞きください。この身を襲った嵐と、姿の醜い変わりようとは、お話をするのも恥ずかしいことですが。

(イーオーの告白)
毎夜のことです。幻がわたしの閨(ねや)を訪れて、優しい言葉で説きつけるのです。
「そなたを思う恋の矢に、ゼウスは胸を焼かれ、愛の床に結ばれようと望んでいる。それゆえ、レルネの草深い牧場へ、父上の牛小屋のあるところへ来なさい、ゼウスの眼のあこがれを満たしてやるために」
とうとう思いきって、父上に夢の話を打ち明けました。父は神託をたびたび伺いました。謎めいた神託や曖昧なお告げが多かったのですが、とうとうはっきりしたアポローン様のご託宣が父イナコスに下されました。
『娘を追い出し、神に捧げたものとして地の涯にさまよわせよ。もし、いやというなら、烈火の眼を持つ雷電が、ゼウスの御手から降って来て、一族を滅ぼしつくそう』
父は従うより他に道はなく、わたしを家から追い出しました。
それと見る間に、私の姿も心も変わり果て、アブに刺され、苦しめられ狂乱してさまよいました。途中、100の眼を持つアルゴスが追ってきて監視するようになりました。が、思いもかけぬ運命が、アルゴスの命を奪い去りました。その後、この地にたどり着いたのです。

これが私の身の上。これからのわたしの苦難を明かしてください。決して、憐れみから、うその話で慰めようなどなさいませんよう、うその話ほど醜いものはありません。
コロス(オーケアノスの娘たち)
まあひどい、とんでもないこと。
イーオーを見るにつけても、身の毛もよだつ。
このような奇怪な話を耳にしようとは。

縛られたプロメテウス
トマス・コール〈縛められたプロメテウス〉

プロメテウス
イナコスの娘よ、これからどんな苦難がヘーラーの手から受けねばならないか、旅路の涯を知ったがよい。
まず第一に、ここから日の出る方に向かう。ボスポロス(牝牛の渡し)からエウロパの地を去るとアジアの里だ。だが、どう思う、神々の僭主ゼウスを。この人間の乙女を抱こうとの欲情から、こうした流浪に陥れたのだ。なんともひどい求婚者だ。これでも、まだほんの序の口だが。
イーオー
私は生きていて、なんの甲斐がございましょう。この岩山から身を投げ、ひと思いに死んだほうがまし。
プロメテウス
それでは私の苦難など、とても耐えきれまいな。死ぬことが許されていないのだから。ゼウスが王位を奪われるまではな。
イーオー
なんですって、ゼウス様が王位を追われる時があるのですか。誰に奪われるのですか。
プロメテウス
そうなれば、お前も喜べよう。それもゼウス自身の愚かな思慮によってだ。禍のもとになる相手との結婚。彼女が父より強い子を生むことだろう。
イーオー
その運命を逃れる術はないのですか。
プロメテウス
私がこの枷(かせ)から解かれぬかぎりは絶対にない。しかも、お前の子孫の誰かがそれをやる者と決まっているのだ。
その誰かのことか、お前の先の苦難のどちらかを話してやろう。イーオーよ、どちらを選ぶか。
コロス
この娘には「これから先の苦難」を。わたし達には「プロメテウス様の救い手」をお教えください。
プロメテウス
では、イーオーよ、果てしない逃避行を物語ろう。お前の心の石版に、よく刻みつけておくのがよい。

プロメテウスは語った。
グライアイ三老女、ゴルゴンが住むキステネの野、ゼウスの犬グリュプス、プルトンの河瀬に住む一つ目アリマスポイの軍勢への注意、黒人が住むアイティオプスの下流、そしてネイロス(ナイル)の地エジプトまでの道程を。また、プロメテウスは証拠として、イーオーのこれまでのことも語った。その中には、イーオーが渡った記念として、イオニア海と呼ばれる海のこともあった。

私を助けるイーオーの子孫の話もしてやろう。
ネイロスの河口で、ゼウスはお前を正気に戻し、色黒のエパポスを産もう。彼から四代の孫にあたる50人の娘たち(ダナイデス)は、望まぬながらアルゴスへと帰っていこう。50人の従兄たちとの結婚を逃れようとして。しかし、鳩を追う鷹のごとく追ってくる従兄たち。神は乙女らが身を任すのを惜しんで、ペラスギアの地に彼らを迎えさせる。そして、49人の花嫁は、49人の花婿を殺す。だが、一人の娘だけは、花婿を殺せない。アルゴス王家の祖となるものだ。その後裔から大胆無敵の弓の勇者が現れ、この苦難から私を解放してくれるのだ。こうした予言をティーターン神族なる母テミスが私に話してくれたのだ。
イーオー
やれやれ、なんというわたしと子孫の定め!
さあ行こう、もう行こう。
ああ、またもや、わたしの胸を突きさす痙攣と狂気
私を刺すのは、火に鍛えた鉄ならぬ、アブの刺針。

(イーオー退場)

プロメテウスを解放するヘラクレス
(プロメテウスを解放するヘラクレス)

プロメテウス
ゼウスの父クロノスの呪いは、完全に成就されよう。私だけが、この災いを逃れる術と手立てを心得ている。だから、今のうちは雷火の槍を振り回させて、いい気にならしておくがよい。いずれ、怪物は雷火より強い火焔を見出すだろう、また、大槍がポセイドーンの三叉の戟を打ち砕こう。かくて、ゼウスは思い知ろうぞ、支配者たると隷属するとは、どれほど違うものかということを。
コロス
どうしてあなたは怖くないのです、そんな言葉をゼウス様に投げつけて。
プロメテウス
何を恐れることがあろう、死ぬ運命を持たない私が。だが、まてよ。あそこにゼウスの下走りが見えるぞ。

(伝令神ヘルメース登場)

ヘルメース
おい、知恵者だというお前、気難し屋のうえにも気難しい、その日限りの命の者を大事にして、神々に対して罪を犯し、火を盗んだやつに言うことがある。父ゼウスがお命じなのだ。父上が覇権を失おうとお前が得意になってほざくのはどんな結婚かと。謎めいた言い方ではならん、はっきり言うのだ。私に、二度くる手間をかけさせるな。
プロメテウス
これはまた偉そうな、もったいぶった言葉だな。成り上りの新米に、答えてやるもんか。すべての神を私は憎むのだ。私のおかげを蒙りながら、不法にも私を虐待するかぎりはな。
ヘルメース
お前は私を子供扱いし、叱りつけるんだな。
プロメテウス
だってお前は子供、いやそれ以上にわきまえがない。無礼至極なこの枷(かせ)が解かれるまでは、何も喋らんぞ。
ヘルメース
どんなに説いても、所詮無駄なようだな。だが、考えてみろよ、私の言葉を聞かないと、どんな災難の大波がお前に襲いかかるか。血に飢えた大鷲が飛びかかって、お前の体を無茶苦茶に引き裂こう、黒々と血に富んだ肝臓を貪り食おうよ。
プロメテウス
して暗黒のタロタロスへと真っ逆さまに私の五体を投げ下ろさせよ。しかもなお、私を死なせることはできなかろう。
ヘルメース
気が狂った者の思案や言葉に聞こえる。いったいどこが狂人のと違うというのだ、この男の高言が。どうしたら、狂気からさめよう。(コロスに)さあ、お前たちもこんな男の苦しみに同情してないで、この場所からどこかへさっさと立ち退いたがよい。容赦を知らない雷電が、お前たちまで腑抜けにしてはならないからな。
コロス
他のことをお勧めください。だってあなたの言葉は、とても我慢ができないこと。わたしたちは、この方と一緒にどんな不幸も受け取るつもり。
ヘルメース
なら、よく覚えておけ。災いに狩り立てられても、けっして「ゼウス様がわたしたちを不慮の災いに投げ込んだ」などと言ってはならぬ。愚かさゆえに、自分から災いに巻き込まれようというのだから。
プロメテウス
大地が揺れに揺れたっている。雷鳴は海の底から轟わたり、稲妻は閃めく。大空には竜巻、逆風が、ゼウスの元から恐怖をもたらしてくる。おお、聖なる母テミスよ、見てくれ、私がどんな不正を受けているかを。

(プロメテウス、コロスとともに、奈落に沈む)

※プロメテウス三部作の「火を運ぶプロメテウス」と「解放されるプロメテウス」が消失したのは、なんとも残念です。

正義の女神テミス
ピエール・シュブレイラス:トマ(正義の女神テミス)アンリ美術館