1話5分で読めるギリシャ神話

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テセウスの子ヒッポリュトス後編[エウリピデス作]

ヒッポリュトスの死
ローレンス・アルマ=タデマ〈ヒッポリュトスの死〉

パイドラの残した書板

テセウス
(テセウス、死んだパイドラが持っている書板に気づいて)
妃の手にある、この書板は何であろう?
コロスの長コロス:15人のトロイゼンの女たち)
何か虫が知らせて、凶事が起こりそうな気がしてなりませぬ。
テセウス
おお、何という悪事!口にするのも汚らわしい。ヒッポリュトスめ、無礼にもおれの閨(ねや)を犯そうとしたのか。
おお、ポセイドン様、いつか私に三度までかなえて下さると約束したあの呪い、もし偽りでなければ、今日この日、倅めを亡き者にしてください。
コロスの長
殿様、そのご祈願はお止めになってください。
テセウス
ならぬ。おれがヒッポリュトスを追放するか、ポセイドン様が黄泉の国に送ってくださるか、どっちかだ。
コロスの長
ヒッポリュトス様が、あそこにお見えになりました。

テセウスと息子ヒッポリュトスの言い争い

(ヒッポリュトス、数人の従者を従えて登場)
ヒッポリュトス
父上、ただならぬお声を聞いて、駆けつけてきました。
おお、これはなんということか。私は、先ほど元気な奥方と会ったばかりです。
父上、お聞かせください、これはいったいどうしたことなのですか。
テセウス(テセウス、ヒッポリュトスに顔を背けて)
ああ、なんと人間というものは、愚かな過ちを犯すものか。分別のない人間に、分別を教えることは難しい。
ヒッポリュトス
私から顔を背け、なにゆえ、そんな理屈をおっしゃるのですか。私のことを、誰か悪く告げている者でもありましたか。
テセウス
おれの子でありながら、父の閨を犯そうとした男、死んだ妃がその罪の証拠を残しておる。これが、神のお供を許された、穢れを知らぬという男なのか。
(パイドラの死骸を指して)
妃が死んだからといって、罪が発覚せぬと思っているのか。おれは、きさまを追放する。一刻も早くこの国を立ち去れ。
ヒッポリュトス
父上、激しいお怒りですが、大神ゼウスにかけて誓います。父上の閨を犯そうとした覚えはありませぬ。また、そのようなことを望んだこともありませぬ。閨を犯したという罪なら、死罪ではありませんか。
テセウス
すぐに殺すのは生やさしい。生まれた国を追われ、見知らぬ国々をさまよい、惨めな一生を送るのが、当然の報いなのだ。
ヒッポリュトス
なんという酷いお言葉。神々よ、これでも私は黙っていなければならないのでしょうか。いや、言っても父上には信じてもらえない。
テセウス
さあ、こやつを引っ立てぬか。
(テセウス、宮殿の中に入る)
ヒッポリュトス
ああ、おれも憐れな人間。知っていることを、どう言って良いかわからぬ。
アルテミス様、もう狩りのお供はかないません。アテナイを追放される身になりました。
(ヒッポリュトス、退場)

ヒッポリュトスの死

コロスの長
おお、あそこにヒッポリュトス様の供の方が見えます。なにやら暗い顔で。
(使いの者、登場)
使いの者
おお、トロイゼンの女の方々、テセウス様はどちらにおいでか。
コロスの長
ちょうど、殿様が出ておいでになりました。
(テセウス、登場)
使いの者
テセウス様、悲しい報せでございます。
ヒッポリュトス様が死にひんしておいでです。
テセウス
おお、ポセイドン様、私の願いを叶えてくださいました。して、どのような目にあったというのか。
使いの者
我々が浜辺にいた時のことでございます。
「父上のお言葉には従わなければならぬ。車に馬をつなげ」と。
「ゼウス様、私が生きている間か、死んだ後でも、
父上がこの間違いに気づいてくださいますように」
そう言うと、若様は鞭を取り出発したのでございます。

やがて、人気のない場所に出ました時、凄まじい響きが轟いてきました。ふと浜の方に目をやりますと、とてつもなく高い波が押し寄せてまいります。そして、岸に当たって砕けた飛沫の中から、化け物のような雄牛が現れたのでございます。馬は激しく怯え、馬車の熟練の技を持つ若様にしても制御不能になりました。馬は狂ったように岩に向かい、その後を雄牛は追って、車輪を岩に打ちつけ、馬車は転覆してしまいました。若様は手綱に巻かれたまま、頭を岩に強打してしまいました。手綱が解けますとと、地上に虫の息でお倒れになりました。
これからどうしたものでございましょう。
さて、殿様、若様の立派なお人柄をよく知っておりますゆえ、若様の罪は信じられません。
テセウス
おれが憎いと思うものであるから、この知らせは嬉しく聞いた。
しかし、わが子であるから連れてまいれ。神罰も下ったことであるし。
(使いの者、退場)

テセウス、アルテミス、ヒッポリュトス
〈テセウス、アルテミス、ヒッポリュトス〉

狩と月の女神アルテミス、真実を告げる。

(アルテミス、宮殿の上方に現れる)
アルテミス
アイゲウスの子テセウスよ、レトの娘アルテミスであるぞ。
汝が喜んでいるのを見るのは、誠にかたはら痛い。パイドラの謀りごとに惑わされ、ありもせぬことを真実と思い、非道にも息子を殺めた汝こそ、まぎれもない罪を犯した者であるぞ。
ヒッポリュトスの正しき心、パイドラの迷いと高貴な志をよく聞かせてつかわそう。

汝の妻パイドラは、処女たることを誇りとする者にとっては最も憎むべき女神(アフロディテ)の毒牙にかかったのである。結果、汝の伜に思いを寄せたのである。初めは女の道に背くまじと煩悩を抑えていたのではあるが、乳母の浅知恵に頼ってしまったのが運のつき。ヒッポリュトスに想いを告げ、結果、あの遺書を残し、身を滅ぼすことになったのである。汝の伜は乳母に他言せぬと誓ったため、そなたにも告げなかったのである。告げたとしても、汝は信じなかったろうが。
テセウス
おお、なんということであろうか。女神よ、私は死にとうございます。
アルテミス
汝の罪ばかりではない。あの女神が謀かったことであるぞ。神の世界の掟として、ある神の企てたことは、いかなる神もこれをじゃますることはできぬ。われとて、みすみすヒッポリュトスが殺されるのを見ているのは不面目であった。
コロスの長
おお、あそこにおいたわしい若様がやってこられる。
(ヒッポリュトス、血まみれな姿を僕らの肩に支えられ登場)
ヒッポリュトス
ああ、死神よ、早く来て、おれをこの苦しみから救ってくれ。
アルテミス
不憫な者よ、あまりに気高いお前の心が、お前を滅ぼすことになったのである。
ヒッポリュトス
おお、アルテミス様、あなたの神々しい香りが漂ってきます。
もうあなたの狩りの供も、お仕えすることもできませぬ。
アルテミス
これはみな、意地の悪いアフロディテの企みぞ。
ヒッポリュトス
ああ、それで初めてわかりました。たった一人で、父上とお妃様、この私を滅ぼしてしまったのですね。
テセウス
伜よ、おれはもう駄目だ、生きる楽しみもない。
アルテミス
もう、二人とも悔やむことはやめよ。
今度は、われがアフロディテの最も愛する人間を、この矢で射止めて、恨みを晴らしましょう。
さあ、テセウスよ、我が子をしっかりと抱きしめるが良い。
では、さらばじゃ。
(アルテミスの姿が消える)

テセウスとヒッポリュトスの和解

ヒッポリュトス
ああ、目の前が暗くなってきました。父上、私を抱き起こしてください。
テセウス
伜よ、罪に汚れたおれを残して行ってしまうのか。
ヒッポリュトス
私の死は、父上の罪ではありません。もう最後です。私の顔を外套で覆ってください。
テセウス
ああ、アフロディテ様、この仕打ちは忘れませぬぞ。
(テセウス、宮殿の中へ。ヒッポリュトスの以外も担架で運ばれていく)

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