1話5分で読めるギリシャ神話

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第二十一歌前編:アキレウスの残酷と怒る河神

アキレウスは、何人のトロイア兵を殺したのだろう。『イリアス』の記述から、私は2、300人は殺していると思う。特に、クサントス河に追い込んでからの虐殺は凄まじい。わからないのは、アキレウスの周りはトロイア兵だけで、ギリシャ兵は一人もいない。それでも、トロイア兵はアキレウスを恐れて、逃げるだけで戦わないのだ。
結果、おびただしい死体が重なり、河の流れは止まってしまう。これではクサントス河神が怒るのは無理もない。ましてや、トロイアの人々は河神にとってお隣さんなのだ。

アキレウス、クサントス河神とシモエイス河神
〈アキレウス、クサントス河神とシモエイス河神〉

クサントス河でのアキレウスの虐殺。

トロイアの城内に逃げることを許さないアキレウスは、トロイア兵の半分をクサントス河に追いつめ河の中に落とした。この時、女神ヘラは逃げるトロイア勢の前に濃い霧を立ち込め、アキレススを援護していた。

神は「クサントス河」と呼び、人間は「スカマンドロス河」と呼ぶ。

槍を太刀に持ちかえたアキレウスは水の中に躍りこむと、トロイアへをなぎ倒していった。みるみる河水は、血で赤く染まっていく。そんな中、アキレウスは後のパトロクロスの葬儀で殺すべく12人の若いトロイア兵を捉え、部下に陣屋に送らせた。その時、アキレウスは幻を見たような気がした。

「ああ、なんたる奇怪なことを目にするものか」

プリアモス王の息子リュカオンを見つけたのだ。再度リュカオンを捕えると、彼はアキレウスの膝にすがり、助けをこうた。
「アキレウスよ、情けをかけてくれ。かつて、私はあなたに果樹園にいるところを捉えられ、レムノス島に売られた。その時、あなたは牛100頭分の金を儲けたはずだ。その後、私はその三倍の身代金を親戚に払ってもらい、12日前にトロイアに戻ったばかり。それが、またあなたに捕まってしまった。私の兄弟ポリュドロスは、すでにあなたに討たれた。どうか、殺さないでくれ。私はヘクトルと同じ母から生まれたわけではないのだから」

「愚か者め。もはや、パトロクロスが死んだ以上、断じてトロイア人は誰も許すわけにはいかぬ。この私とて、いずれここで死ぬ運命にある」
そう言うと、アキレウスはリュカオンを刺し殺し河の中に放り込んだ。

アキレウスの残酷な仕打ちを見てきたクサントス河神は憤っていた。アキレウスに戦いをやめさせ、いかにしてトロイア兵を守ってやるか考えていた。その間にも、アキレウスはトロイア兵を殺し続けた。

殺された兵には、アクシオス河神の子アステロパイオスもいた。彼を殺すとアキレウスは言った。
「河神の子といえども、ゼウスの血を引くものと争うのは容易なことではない。ゼウスの子アイアコス、その一子ペレウスの子、それが私なのだ。すべての河、海、泉の神、そしてオケアノス河ですら、ゼウスの雷鳴には恐れをなすのだ」

クサントス河神の怒り、アキレウスを襲う。

とうとう腹を立てたクサントス河神は、アキレウスに言った。
「アキレウスよ、おぬしの残虐な行為は人間の領域を超えている。私の麗しい流れは死体で埋まり、流れは止められ、海に注ぐこともままならぬ。もう、これ以上殺すのは止めてくれ。私は呆れ果てている」
「河の神よ、仰せの通りにいたしましょう。だが、私は止めるつもりはない」

河神はアポロンに語りかけた。
「なんたることか、アポロンよ、ゼウスはあなたにトロイアを護ってやれと命ぜれれたのではなかったか」
アポロンは、答えなかった。
クサントス河神は波をおこし、アキレウスに討たれた死体を陸地に放り出す。

河神はアキレウスの周りにも大波をわきおこし、アキレウスは足をしっかり踏みとどまることもままならぬ。必死で水の渦から脱出し陸を目指したが、河神はさらに襲いかかり、トロイア勢を護ってやる。波はアキレウスを追い、彼は逃げようとするが、果てしなく波は追いかけ彼を襲う。とうとう、悲痛な声で、神を呼んだ。

「ゼウスよ、どなたの神も私を救い出しては下さらぬとは、どういうことでしょう。私は波の中で死ぬのではなく、どこかの武将のアポロンの矢で死ぬのではなかったのですか。それが今、大河の中で最後を遂げる運命にあるのですか」

ポセイドンとアテネ、アキレウスを励ます。

ポセイドンとアテネが人間の姿で、アキレウスに語りかけた。
「アキレウスよ、怯えて逃げ腰になってはならぬ。河はまもなく鎮まる。トロイア勢を城門の中に閉じ込めるまでは、戦いを止めてはならぬ。そなたはヘクトルを倒してから船陣へ引き上げる運命なのだ。われらがそうなるよう計らってやる」

この声にアキレウスは勇気を出して、平野を目指し歩き始めた。しかしクサントス河神は手を緩めず、さらに高波で彼を襲うと、
「シモエイス河よ、手を貸してくれ。さもなくば、アキレウスはトロイアを壊滅させてしまう。二人で、あの乱暴者を抑えよう。砂利と泥で深く埋めてやろう。そこが彼の墓となるように」
こういうと、二人の河神は激しくアキレウスに襲いかかり、大波は彼を押し流そうとする。アキレウスは、とうとう身動きが取れなくなってしまった。

ルーベンス作ヘパイストス
ルーベンス〈ウゥルカヌス-ヘパイストス〉

ヘラとゼウスの子ヘパイストス、火を起こす。

ヘレはヘパイストスに命じた。
「せがれよ、アキレウスを助けよ。火炎を燃え上がらせ、河を火で焼いておやり。河神の言葉に手を抜いてはならぬぞ。私が大声で合図した時だけ、止めるのだ」
ヘパイストスは火を起こした。水は乾いて、水の流れは止まった。河神も強い火に沸き立って、たまらずヘパイストスに声をかけた。
「ヘパイストスよ、ワシはあなたと戦うつもりはない。すぐ止めてもらいたい。そもそも、トロイア人を助けてやる義理は、私にはないのだ。水が血で汚れ、死体が流れを止めるからアキレウスを襲ったのだ」

河神はヘレに懇願した。
「ヘレよ、何故ワシの流れを止め、苦しめようとなさる。トロイアの味方になっているの他の神々ほどの罪は、私にはない。あなたの命令ならば、すぐ止める。だから、あなたの方も止めていただきたい」

ヘレは、息子に言い渡した。
「せがれよ、もうお止め」
ヘパイストスが火を消すと、川の波も消えて、元の穏やかな美しい流れになっていった。

今度は、神々同士の戦いが始まろうとしていた。

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