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幻のヘレネ(モロー )幻のヘレネ(モロー )

驚愕の真実!ヘレネはトロイアでなくエジプトにいた?

王の信頼を得たヘレネは、夫メネラオスとともに密かに脱出の準備を進めます。やがて計画は動き出し、ふたりは大胆な行動に出ます。

しかし、真実が明るみに出たとき、王の怒りは激しく燃え上がります。裏切りと忠誠、兄妹の葛藤、そして愛と正義のはざまで揺れる人々の想い――。

やがて、空に現れた神々の使者が、その怒りを鎮める鍵となります。人間の策略と神の意志が交差するとき、すべてを包むのは罰か赦しか。物語は静かに、そして荘厳に、その幕を閉じてゆきます。

エウリビデス作ヘレネ』No.4
コロス=拉致されエジプトに売られたギリシャの女たち

コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。

ヘレネとメネラオスの逃亡の準備が整う

[ナイルの河口にのぞんだ宮殿の前。前景に前王の墓]

(王宮よりヘレネ登場)

ヘレネ
みなさま、すべてうまく運んでおります。テオノエ様も、夫が生きていることを王様にはお話しになりませんでした。
わたくしは、夫を川の水で清めて差し上げました。夫は葬いに使う武具を身にまとい、万が一の戦いに備えております。
あとは船に乗ってしまえば、漕ぎ手のエジプト人のことも、何とかなるでしょう。
(王が出てくる)
どうか、このことはご内密に。わたくしたちが助かれば、いずれ、あなたがたの助けともなりましょう。

(従者を従え、メネラオスとともに登場)

テオクリュメノス
(従者に)
お前たち、旅のお方の言葉に従って、海への捧げ物を運ぶのだ。

ヘレネ、そなたはここに残ってくれぬか? 行くと行かぬとにかかわらず、夫に尽くすその心に変わりはあるまい。ただ、悲しみのあまり海に身を投げはせぬかと、それが気がかりなのだ。
ヘレネ
王様、そのように思うこともございます。けれど、あの方がそれを喜ばれることはありませぬ。ですから、どうか、行かせてくださいませ。
テオクリュメノス
(従者に)
50挺櫓のシドンの船と漕ぎ手たちを、この二人に。よいな、船乗りたちはすべて、この方(メネラオス)の命に従うのだ。
ヘレネ
今日というこの日、あなた様に、わたくしの感謝の念をお示しいたします。
テオクリュメノス
うむ。メネラオスに劣らぬ夫になってみせよう。どうだ、わたしも船出の手助けをしようか?
ヘレネ
いいえ、とんでもございません! 召使いのなすことを、王様がなさるなど、あってはなりませぬ。
テオクリュメノス
では、好きにするがよい。誰か、代官たちのもとへ行って、婚礼の祝い品を館に届けるよう伝えてくれ。国を挙げて、わたしとヘレネの婚礼を高らかに讃えたいのだ。
(メネラオスに)
さあ、客人よ、出かけてくだされ。すべてが滞りなく終わったならば、妻を早く館へ連れ戻してほしい。
そして、婚礼の席に加わっていただきたい。その後は、故郷へ帰るもよし、ここに留まり、幸せに暮らすもよいでしょう。

(テオクリュメノス、王宮に入る)

メネラオス
ゼウス様、この禍(わざわ)いから、どうかお救いくださいませ!

(ヘレネとメネラオス、その他の人々退場)

コロス
首長の渡り鳥よ、飛んでお行き
エウロタスの川辺に降りて
言い伝えを持っていっておくれ。
トロイアを滅ぼしたメネラオス様が
やがて故郷に帰るだろうと。

大空に馬を駆り
テュンダレオスの子らよ、
ヘレネ様の救い主、来たりませ。
ゼウス様の御旨にしたがい
そよ吹く風を船人らに
送り届けてくださいませ。
ご姉妹の濡れ衣を
すすいであげてくださいませ。

トロイのヘレネトロイのヘレネ(イーヴリン・ド・モーガン)

ヘレネとメネラオスの逃亡

(メネラオスに同行していた従者の一人が使者として登場。王宮からテオクリュメノスが出てくる)

使者
王様、悪い知らせでございます。
ヘレネ様は、王様がお与えになった船に乗って、この国を離れてしまいました。なんということでしょう……実は、あの客人こそが、本物のメネラオスだったのです!
テオクリュメノス
ば、ばかな! とても信じられぬ……。だが、お前たちは、たった一人のメネラオスにやられたというのか?
詳しく話せ! 落ち度があれば、ただでは済まさんぞ!
使者
われらが船出の準備をしていたとき、ボロをまとったギリシャ人が現れました。メネラオスはその者に話しかけました。
「おお、お気の毒に。どうなされたのだ? 身寄りも伝手もないのであれば、メネラオス王の弔いを手伝ってはくれまいか。ヘレネ様が、これより海に出て追悼なさろうとしているのだ」と。

やつらはそのまま船に乗り込みました。われらは怪しいとは思いましたが、王様の命令を守り、黙って捧げ物などを船に積み込んでいたのです。
しかし、生贄の牛を船に載せるのに手間取っていたとき、メネラオスがこう言ったのです。
「トロイアを滅ぼした者どもよ、さあ、ギリシャ人らしく牛を肩に担いで、船に投げ入れるがよい!」

その後、メネラオスはやさしく馬を船に導き入れ、最後にヘレネが乗船いたしました。ヘレネは船の中央に、隣にはメネラオスが腰を下ろしました。そして、ギリシャ人たちは二列に並び座り、メネラオスの掛け声とともに船は出航しました。

やがて沖へと遠く進み、メネラオスは舳先に立ち、剣を抜いて牛の喉を切り裂き、こう祈ったのです。
「海に住みたもうポセイドン様、そしてネレウスの娘たちよ――どうか、我と妻をナウプリアの岸まで無事に送り届けたまえ」

ここに至って、われらはようやく悟り、「騙されたぞ! 引き返せ!」と叫びました。

しかし、ヘレネは「どこへ行ったのです、トロイアでの勲は!」と叫び、ギリシャ人たちを鼓舞しました。
仲間の中には斬り殺された者、海に突き落とされた者もおります。

漕ぎ手たちも丸太を手に取り応戦しようとしましたが、ギリシャ人たちは剣を持っておりました。
メネラオスは舵取りに命じ、「ギリシャを目指せ」と叫びました。
わたくしはもはや、海に飛び込むほか道はございませんでした。

コロスの長
メネラオスが王様を欺こうとは……まったく、思いもよりませぬこと。王様は、おかしいとは思われなかったのですか?
テオクリュメノス
情けない……。女のたくらみに騙されるとは。これで婚礼の夢も、すべて虚しく消えた。もはや追っても無駄であろう。しかし、忌々しいことよ!
なぜ妹のテオノエは、メネラオスが生きていたことを黙っていたのだ! 許せぬ、こらしめるしかない。
従者
いけませぬ! どこへ行かれるのですか?
テオクリュメノス
正義が命ずるところへ赴くまでだ。どけ、邪魔するな!兄を裏切った不届きな妹に、裁きを下すのだ!
従者
いいえ、あのお方は、誰よりも正しゅうございます。立派な裏切りでございました。正義にかなったご判断です。
テオクリュメノス
わたしの妻を、他の男に渡したのだぞ!
従者
いいえ、違います。正当なご主人にお返ししたのです。
テオクリュメノス
誰が主人かなど、きさまに裁かせはせぬ!死にたいのか!
従者
ご存分に。ですが、テオノエ様を殺させはいたしませぬ。
代わりに、わたくしを――。主人のために命を捧げることこそ、召使にとって最大の名誉でございます。

ヘレネの兄弟ディオスクロイ、空中に現れる

ディオスクロイ

この国の王テオクリュメノスよ、不当なる怒りを鎮めるがよい。ヘレネの兄弟、われらディオスクロイが汝に呼びかけているのだ。

神なるネレイスの娘、すなわち汝の妹テオノエは、神々と父プロテウスの御心を重んじただけのこと。ヘレネはトロイアの滅亡とともに、その名の役目を終え、この地にとどまることはもはや許されぬ。

次に、われらの姉妹ヘレネに告げよう。われらディオスクロイが付き添い、無事に祖国へ送り届けよう。

そなたが命を終えるとき、神と仰がれ、われらと共に、人間たちに崇められる存在となるだろう。それがゼウス様の御心なのだ。

ヘルメス神がそなたを初めて導きし、あの島――あの地は、今後「ヘレネ」と呼ばれるであろう。

長きにわたりさすらい続けたメネラオスには、死後、「幸福の島」に住まわせる――それが、神々の定めしところである。

テオクリュメノス

あなたがたの姉妹に対する恨みは、すべて忘れましょう。また、妹テオノエをも、決して傷つけはいたしません。

それが神々の御心であるならば、ヘレネの帰国がかなえられんことを願うばかりです。

多くの女たちの中にも、かくも気高き心を持つ者は稀でありましょう。心より、敬意を表します。

コロス
神々の御心がさまざまに顕れ、
思いを超えた御業も多い。
思い設けたことはなかなか成らず、
思いも寄らぬことを成し遂げ給う。

◾️ギリシャ悲劇 Ⅳ エウリピデス(下)
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