〈雄弁の神(ロギオス)としてのヘルメース像〉
ヘルメースはゼウスとマイアの子
今後自分の役にたつ伝令として、ゼウスは嘘と泥棒の才を持つ神がほしくなりました。妃ヘーラーには外出する嘘をついて、夜になるとこっそりマイアを奪いに行きました。
ゼウスは自分のこのような行動(嘘と泥棒)が、生まれてくる息子に遺伝するようにしたのです。マイアは巨人アトラースの7人の娘プレイアデス(昴)の長女です。
ヘルメース、アポローンの牛50頭を盗む
赤子のヘルメースはさっそく泥棒の才をいかして、アポローンの牛50頭を盗みました。行方が分からないように牛を後ろ向きに歩かせるというずる賢さもありました。
しかし、アポローンは占いの神です。すぐにヘルメースの仕業だと気付きました。
アポローンはヘルメースを見つけると、
「牛を返せ、この小せがれが!」と問いつめます。
「生まれたばかりの僕が、50頭もの牛をどうして盗めるの?」と、うそぶく赤子のヘルメース。
アポローンは、ヘルメースをゼウスの前に連れて行きました。
「ゼウス様、この赤子は牛50頭を盗んでおきながら、『赤子の自分にできるわけがない』と嘘をつきました」
嘘と泥棒の才があるヘルメースに内心ほくそ笑むゼウス。
しかし、ゼウスはアポローンに牛を返すよう、ヘルメースをさとしました。
ケーリュケイオンの杖
牛を返してもらったアポローンはまだ納得できず、怒っていました。すると、亀の甲羅で作った竪琴を奏ではじめたヘルメース。アポローンはその竪琴が欲しくなり、牛と交換してもらい、ヘルメースを許しました。
また、ヘルメースが葦笛を作ると、アポローンはケーリュケイオンの杖と交換してもらいました。このことから、ヘルメースは商売の神としても崇められるようにもなったのです。
このようにヘルメースは小さい頃からあちこち歩き回ったことから、旅人たちの守護神とも崇められています。
ケーリュケイオン(左)とアスクレーピオスの杖(右)
※ケーリュケイオンは医術の伝統的なシンボルであるアスクレーピオスの杖と混同され、保健・医療のシンボルとして用いられてきました。しかし、アスクレーピオスの杖は、蛇は一匹だけで翼はありません。
アルゴスの殺戮者(アルゲイポンテース)
ゼウスの妃ヘーラーが牛のイーオーを100個の目を持つ怪物アルゴスに監視させていた時jのことです。ゼウスはヘーラーに気づかれないようヘルメースを呼び出すと、イーオーの救出を命じました。
ヘルメースは羊飼いをよそおい、アルゴスに近づきます。長話をしたり、得意の葦笛を吹いたりして、怪物を眠らせようとしたのです。だが、アルゴスの100の目は、すべてが一緒に閉じることはありません。
あげくのはてに「その草の笛は珍しいね。見たこともない、どうしたのかね」と尋ねてくるしまつ。
ルーベンス〈ヘーラーとアルゴス〉
ヘルメースはしかたなく、長話をはじめました。
「シュリンクスという森のニンフがいてね。狩の女神アルテミスと同じように男嫌い、女神に似て美しくもあった。
ある日、獣神パーンに言いよられて、逃げて、とうとう川辺に来てしまった。もう逃げられないと思った彼女はね、どうしたと思う?
わが身を変えてほしいと神に願ったんだ。結果、彼女は草の葦に変わったんだよ。その葦がね、風にゆれ、その茎の空洞が美しい調べを奏でていた。それで、パーンはこの草で笛を作った。それで葦笛は『シュリンクス』と呼ばれるようになったってわけさ」
長話をしていたヘルメースは、アルゴスを見ました。とうとう、その目は100個すべて閉じられていたのです。すかさず、彼は持ってきた剣でその首をたたき落としました。こうして、ヘルメースは「アルゲイポンテース(アルゴスの殺戮者)」と呼ばれるようになったのです。
ヘーラーはアルゴスをあわれに思い、100個の目をお気に入りの孔雀の羽につけました。
ところで、『金の斧、銀の斧』ですが、日本では女神が湖から出てきます。しかし、西洋ではこのヘルメースが出てくるのです。知っていましたか?