ゲー〈パトロクロスに話しかけるブリセイス〉
アガメムノン贈り物をし、供儀をとり行う
若い兵士たちは、贈り物と女7人を集会場に運んできます。その中には、アキレウスの怒りの原因となったブリセイスもいます。
アガメムノンは猪の毛を切り取り、供儀に取りかかりゼウスに祈願します。
「ゼウスよ、そして大地女神、陽の神、エリニュスの神もご照覧あれ。私はブリセイスに指一本触れたことはありませぬ。娘は清い体のままです。もし、この誓言に偽りがあるなら、どれほど多くの苦難を加えられても厭いません」
アキレウスはゼウスに祈るより、苦言を呈します。
「父神ゼウスよ、あなたはなんという凄まじい迷妄を人間にお与えになったことか。さもなくば、アガメムノンは私に怒りをかきたてることもなく、ブリセイスを連れて行くこともなかった。また、大勢のギリシャ兵が死ぬこともなかったでしょう。さあ、みなのものは戦いに備えて、食事にかかってくれ」
集会は終わり、一同は食事をするために帰って行きます。贈り物とブリセイスを含む女たちは、ミュルミドネス勢によって、アキレウスの陣屋に運ばれました。
ブリセイスと女たちの嘆き
アキレウスの陣屋に着くと、ブリセイスはパトロクロスの遺体に向かって話しかけます。
「ああ、パトロクロス、あなたは私がこの陣屋を出る時にはまだ生きておられた。どうしてこうも、私の不幸は続くのでしょう。
私の夫のミュネス城がアキレウスに落とされた悲運の日、夫と3人の兄弟を失った私が泣いている時、あなたは優しく声をかけてくれなした。『いずれ、プティエでアキレウスの正式な妻にしてやろう』と、何度も何度も言ってくださった。ああ、優しかったあなた......」
他の女たちも、みんな悲しみの声をあげます。パトロクロスのためというより、それはまたみんな自分の不運を嘆いてのことなのです。
悲しみで食事を口にしないアキレウス
長老たち、アガメムノンとメネラウス、オデュッセウスらは、アキレウスに食事をすすめますが、けっして口にすることはありません。
「頼むから、食事は持ってこないでくれ。悲しみで食べる気がしないのだ。ああ、不運な男よ、パトロクロス。そなたの父はこの悲報を聞いて、涙を流していることだろう。その名を聞くだけで身の毛がよだつヘレネーのために、息子は異国の地でトロイア軍と戦っていたのだ。私の父ペレウスも同じこと。いつ私の悲報が来るか、悲しみにくれておいでになろう」
アキレウスが泣きながらそう言うと、その場にいた長老たちももらい泣きをします。
アテナ、アキレウスに神々の食事を与える
見ていたゼウスも憐れみをもよおし、アテナに向かい言いつけます。
「娘よ、アキレウスを見限ってしまったのか。彼は悲しみで食事を取ろうともしない。さあ、行ってネクタルとアンブロシアを与えてやってこい」
すでにその気になっていたアテナは、鷹の姿になってアキレウス目指して降りて行きました。
胸に耐え難い悲しみが満ちていたアキレウスの両眼は、ネクタルとアンブロシアを食すと輝きはじめました。その手に持ったずっしりと重い神ヘパイストスの大楯からは、高天に届くほどの輝きが放たれています。
また、誰にも振るうことができぬケンタウロス族の賢者ケイロンが父ペレウスに贈った槍も手にしています。馬の手配はアウトメドンとアルキメドンがし、アウトメドンはそのまま戦車の御者となりました。
神馬クサントスの予言
アキレススは戦車に乗り込むと叫びます。
「クサントスにバリオス、今度は戦いの後、乗り手が無事帰れるよう心せよ。パトロクロスの亡骸をその場に置き去りにしたような真似はするでない」
神馬クサントスはそう言うアキレウスに語りました。じつは女神ヘラがしゃべらせたのです。
「アキレウスよ、あなたの身はお守りしましょう。ですが、あなたの最後の日は迫っているのです。それは、われらのせいではなく、運命の女神がなさること。パトロクロスの死もわれらの動きが鈍かったせいではなく、アポロン神がヘクトルに功名を立てさせられたのです。さる神とさる勇者の手により、あなたが最後を遂げるのも、あなたの運命なのです」
「クサントスよ、どうしてわしの死を予言する。いらざること。自分でよく承知している。とはいえ、トロイア軍、いわんやヘクトルには苦渋を飲ませてやる」
アキレウスは、軍勢の中央にいました。