〈ザールブリュッケンにあるテレマコス像〉
女神アテナのテレマコスに助言
テレマコスは、ネストルの息子と一緒にメネラオスの屋敷にいました。その間、ずっと寝付けません。そこへ、女神アテナがやってきて、テレマコスにささやきます。
「テレマコスよ、いつまでも家を離れていてはいけない。あの無法な求婚者たちに、財産を食いつぶされてしまう。すぐ、メネラオスに帰国の許可をえなさい。そなたの祖父と親族は、『エウリュマコスに嫁げ』とペネロペイアに迫っている。
贈り物も結納の額も、ほかの求婚者たちを圧倒しているからな。ペネロペイアがいかに貞淑な女でも、いつオデュッセウスを諦めるかもしれぬ。女とはそういうものだからな。
また、求婚者たちはそなたの帰国を待ち、そなたを亡き者にしようとしている。イタケとサモスとの間で待ち伏せしている。イタケに近づいたら、他の乗員たちはみな町へ向かわせ、そなた一人は豚飼いのエウマイオスを訪ねなさい。
一夜明かしたら、豚飼いをペネロペイアのところに使いとして出し、そなたの帰国を伝えるとよい」
そう指示すると、女神アテナはオリュンポスへと帰っていきました。
テレマコスはネストルの息子ペイシストラトスに
「おい、目を覚ませ。すぐ出発できるよう馬を車につないでくれ」
「テレマコスよ、いかに急ぐからといって、暗夜に馬車を駆るわけにはいかぬ。また、メネラオス王に挨拶しなければ失礼だ。土産も用意するだろうし、親切は受けねばならぬ」
メネラオスとの別れ
メネラオスがヘレネの傍から起きてくると、テレマコスはすぐにでも帰国したいと伝えました。
それに答えて、メネラオスは言います。
「帰国を望むそなたを引き留めることはない。だが、しばし待ちなさい。たくさんの土産を用意し、何より食事の用意をさせるのでな」
メネラオスとヘレネ、妾の子メガペンテスが食卓につきます。メネラオスはテレマコスに盃を渡しながら
「これはヘパイストスが作った混酒器、銀製で縁には黄金の細工が施してある」
と言い、メガペンテスがその混酒器をテレマコスの前に置きました。
続いてヘレネが、贈り物をします。
「かわいいテレマコスよ、私を思い出すよすがとして、これを贈りましょう。そなたが結婚する時、花嫁にこの衣装を着てもらいなさい」
ペイシストラトスが、それらの豪勢な品々を車に乗せに下がりました。
「では、若者たちよ、さらばじゃ。老雄ネストルによろしく伝えてくれ。トロイアでは、私だけでなく皆父のごとく優しくしていただいた」
「メネラオス王よ。必ず、ネストル殿にお伝えいたします。また、いつか父オデュッセウスに再会しましたら、あなたの歓待や貴重な財宝をいただいたことを必ず伝えます」
テレマコスがこう言った時、右手に一羽のガチョウをつかんだ鷲が飛んでいきます。吉兆です。
「オデュッセウスはきっと家に帰り、報復を遂げよう。すでに帰国なされており、求婚者たちに災厄の種を蒔いておいでになるかも知れぬ」
そう、メネラオスは最後に言いました。
〈鷹〉
テレマコス、スパルタを出発
「ペイシストラトスよ、急いでいるから、すまぬがネストル殿には会わずに帰国したい」
「急いで船に乗り、船員みな乗船させるがいい。家に帰り、父には事の次第を報告しよう。あの人は気性が激しいから、会えばきっとそなたをすんなり帰すまい」
こうして、ペイシストラトスは家に向かい、テレマコスは乗船して出航の準備を始めました。
そこに、スパルタの隣国ピュロス国のかつての財産家メランプスの末裔、預言者テオクリュメノスがやってきました。彼はテレマコスに自己紹介した後、同族の一人を殺し亡命中であることを説明し、追っ手から逃れるために乗船の許しをこいました。
「乗船を拒むことはいたしません。その上、故国イタケに帰えれば、できるだけのもてなしをいたしましょう」
テレマコスはこう言いつつも、無法者の求婚者たちから逃れられるだろうか、と考えていました。
その頃、オデュッセウスは豚飼いエウマイオスに、父ラエルテスや妃ペネロペイアの現状を聞き出していました。ラエルテスの奥方アンティクレイアがすでに死んでいるのは知っていましたが、さすがに母の死を聞くとオデュッセウスは心を痛めます。
そして、これから町に行って物乞いしたものかどうか、エウマイオスに相談しました。
豚飼いはオデュッセウスを引き止め、自身の生い立ち、かつてはシュリエ島の王子であったこと、さらわれてイタケに連れてこられたこと、ラエルテスに買われた話などを語りました。
テレマコス、イタケに帰る
テレマコスたちは求婚者たちの目をかわして、イタケのとある海岸に船をつけます。
「みんなはこのまま船を町に向けていただきたい。私は一人、牧場の見回りに向かう。夕刻には町に帰り、明日の朝には旅の礼として、うまい肉と酒をふるまうつもりだ」
その時、テレマコスの右手に鳩をつかんだアポロンの鷹が飛びました。鳩の引きちぎられた翼が船とテレマコスの間に落ちてきました。つかさず、預言者テオクリュメノスは、テレマコスを一同から離れたところに連れていくとささやきました。
「テレマコスよ、鳥が右手に飛んだのは神意に基づくもの、良い知らせに相違ありません。このイタケには、あなたの一族より王位にふさわしい家系はありません」
こうして、一同の船は町へ向かい、テレマコスは一人牧場に向かったのです。