1話5分で読めるギリシャ神話

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第十七歌前編:パトロクロスの遺体をめぐって

古代ギリシャの戦場では、死んだ武将の武具をはがし、その遺体も自陣に運び込むのが風習でした。イリアス第十七歌は、パトロクロスの遺体の周りで起きている壮絶な戦いを描いています。
なお、アキレウスの武具をつけていたパトロクロスは、アキレウスには及びませんが、ギリシャ軍の中にあってはテラモンの子・大アイアス、ディオメデスと同格の武将です。

メネラオスとパトロクロス
〈メネラオスとパトロクロス〉

メネラオス、奮戦する。

メネラオスは、パトロクロスをまたいで遺体を守っていた。パトロクロスに最初に槍を突き刺したパントオスの子エウポルボスは、
「メネラオスよ、そこから引き下がれ」
かつて、パントオスの子を殺していたメネラオスは、
「お前も兄弟と同じように痛い目に会う前に、味方の中に引き下がれ」
「今ここで兄弟の仇は取ってやる。そうすれば、両親の悲しみも和らぐであろう」
だが、メネラオスは難なくエウポルボスを討ち取った。

アポロンはメンテスの姿となり、ヘクトルに告げた。
「ヘクトルよ、剛勇アキレウスの神馬を追っても、馴らすことも御すこともできまい。メネラオスが、エウポルボスを討ち取ったぞ」
ヘクトルは、メネラオスのいるパトロクロスの遺体の処へと向かった。

メネラオス、慨嘆(がいたん)す。

「単身、ヘクトルとトロイア勢とを相手にしては囲まれてしまう。ただアキレウスのためにパトロクロスの遺体は守りたいが...」
ヘクトルの姿を認めると、メネラオスは後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れざるをえなかった。味方の陣に着くと。テラモンの子、大アイアスを探した。
「アイアスよ、来てくれ。死んだパトロクロスのために、せめて遺体だけでもアキレウスに届けたい。今ごろ(アキレウスの)武具は、ヘクトルに剥がされているだろう」

その頃、ヘクトルはパトロクロスの武具を剥ぎ取ると、首を胴体から切り落とした。
しかし、アイアスが近づいてくると、ヘクトルは戦車に乗り込み、武具はトロイア勢の手下に渡し、城に持ち帰るよう指示し、その場を去った。

アイアスは大楯でパトロクロスの遺体を隠すと、メネラオスはアイアスの隣に立った。

ヘクトル、アキレウスの武具をまとう。

リキュエ勢の死んだ大将サルペドンに次ぐ副将グラウコスは、ヘクトルが戻ってくると彼を非難した。

「ヘクトルよ、世間では高い評判も、おぬしには虚名に過ぎぬ。おぬしはサルペドンを置き去りにした。もはや、リキュエ勢はトロイアのために誰も戦わぬ。せめてパトロクロスの遺体を奪えば、ギリシャ軍はサルペドンの武具と交換してくれたであろう。それなのに、おぬしはアイアスと戦う勇気がなく帰ってきた」

「グラウコスよ、けしからぬことを申すな。アイアスと戦う勇気がないと。では、側に来てわたしの働きぶりを見てくれ。すぐにも、腰抜けかどうかわかるだろう」
ヘクトルは、アキレウスの武具を城に持って帰る手下に追いつくと、その武具を身につけた。

パトロクロスの遺体をめぐっての戦い
アントワーヌ・ヴィールツ〈パトロクロスの遺体をめぐっての攻防〉

ゼウス、ヘクトルを見下す。

これを見ていたゼウスは、己の心に語りかけた。
「哀れな男よ、身近に迫っている死に気づきもしない。己の分際もわきまえておらぬ。しかし、もうしばらくはそなたに力を授けよう」
ゼウスは、アキレウスの武具をヘクトルの体に合わせると、軍神アレスがその体内に乗り移った。ヘクトルの気と力がみなぎってきた。ヘクトルは大声で、味方の一人ひとりに声をかけ始めた。
「救援に駆けつけてくれた部隊の方々よ、もしあのアイアスを退けてパトロクロスの遺体を奪ってきたら、誰であれ、戦利品の半分を分け与え、私に匹敵する名誉も与えよう」

パトロクロスの遺体をめぐっての攻防。

ヘクトルの声に救援部隊の意気は上がり、アイアスに躍りかかっていった。しかし、多数の者が、逆にアイアスに命を奪われてしまった。
それでも、アイアスは
「メネラオスよ、パトロクロスの遺体も気にかかるが、わが身とおぬしの身に何か起こらぬか気がかりだ。戦雲が辺り一面を覆っている。われらの前には、死の深淵が口を開けているかのようだ。だから、大声で仲間を呼んでくれ」
メネラオスは叫んだ。
「パトロクロスの遺体がトロイア勢に奪われぬよう、誰でもいい、ここに集まってくれ」
この声に応えて、オイレウスの子・小アイアス、イドメネウス、メリオネス勢が集まってきて、パトロクロスの遺体の周りに楯の柵を作り始めた。

ゼウスは、濃い靄でギリシャ勢の周りを包んだ。パトロクロスの遺体がトロイア勢に奪われるのは快しとはしなかったからだ。

そんな靄の中で、両軍はパトロクロスの遺体の奪い合いで激しい戦いを繰り広げていた。ヘクトルはアイアスに槍を投げたが、アイアスはこれを難なくかわした。

アイネイアス、奮起する。

ギリシャ軍が優勢になると、トロイア勢は逃げ腰になってきた。アポロンはアイネイアスの父アンキセスの老伝令使ペリパスに姿を変えると、
「アイネイアスよ、今ゼウスはわが軍が勝つことを望んでいます。それなのに、あなたは戦おうとはしないのですか」

アイネイアスは、ペリパスが神であると気づくと、
「ヘクトルよ、トロイア勢並びに援軍部隊の方々よ、今いずれかの神が『ゼウスがわれらの助太刀をしてくださる』と告げられた。さらば、ここで引き下がってはならぬ。パトロクロスの遺体を船陣に運ばせてはならぬ」
と叫び、自らは先陣よりはるか先に自陣を構えた。トロイア勢は息を吹き返してきた。

こうして、両軍はパトロクロスの遺体をめぐって、火のごとき勢いで戦いはじめた。

ギリシャ勢は声をかけあった。
「戦友たちよ、今われらが船に引き返すのは名誉なことではない。遺体を敵に渡すぐらいなら、大地が避けて全員飲み込まれた方がましだ」
一方のトロイア勢も奮い立っていた。
「もはやわれら全員がここで討ち死にする運命であろうと、一人として戦いから退いてはならぬ」

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