1話5分で読めるギリシャ神話

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第二十四歌後編:ヘクトルの遺体の引き取り

ヘクトルの遺体が帰ってくると、母ヘカベ、妻アンドロマケ、ヘレネは嘆きます。そして、『イリアス』はヘクトルの葬儀で終りになります。
しかし、戦争はまだ終わっていません。バチカンにある有名な彫刻『ラオコーン』、『トロイアの木馬』の話は、この後に起こります。そして、トロイア城陥落後の殺りくと陵辱の戦争の悲劇、女の悲劇はここから始まります。
唯一逃げることができたのは、アイネイアス一族です。彼らは無事トロイア城を脱出し、アフリカ、シチリア島を経て、イタリアにつきます。そして、ローマ建国の祖ロムルスとレムスの先祖になります。

アンドロマケ、ヘクトルを悼む
ダビッド〈アンドロマケ、ヘクトルを悼む〉

プリアモス王を案内するヘルメス神

ヘルメスはオリュンポス山を下り、プリアモス王に近づくと声をかけた。
「そこのご老人。こんな夜にどこへ行くつもりですか。トロイアの方から来たように見えますが、この辺りにはギリシャ勢が多くいます。そんな財宝が彼らに見つかったら、どうなることか。しかし、私は害を加えません。いや、それどころか、あなたがたをお守りしましょう」

「お若い方、神が救いの手を伸ばしてくださったのであろう。あなたは、素性が確かな方に見えます」
と、プリアモス王はヘルメス神に答えます。
「あなたがたは、トロイアを捨ててお逃げになるところなんですか。なんせ、トロイア最大の勇士が亡くなられたとか」
「私の不運な倅のことを、そのような温かいお言葉でお話くださるとは、いったいどこのお方ですか」
「アキレウスの部下ミュルミドネスの一人です」

「おお、そうでしたか。ならばお聞きしたい。わが息子ヘクトルの遺体はまだあるのか、犬どもに食われてしまったのか」
「いや、そのようなことはありません。遺体には汚れは見られません。多数の兵士が刺したにもかかわらず、傷一つありません。血もきれいにふき取られています。女神アフロディテの力に守られているのでしょう」
こういうと、ヘルメスは馬車に乗り込み、アキレウスの船陣までプリアモス王と付人イダイオスを案内した。神は船陣の扉をやすやすと開けると、二人を中に入れてから、自分がヘルメスであることを告げてオリュンポスへと立ち去った。

ヘクトルの遺体を返すよう懇願するプリアモス
ギャヴィン・ハミルトン〈ヘクトルの遺体を返すよう懇願するプリアモス〉

ヘクトルの遺体をアキレウスに懇願するプリアモス王

プリアモス王はアキレウスの陣屋に入ると、そっと近づき自分の子を多く殺した憎むべきアキレウスの手に接吻した。アキレウスは仰天した。近くにいた側近アウトメドンもアルキメドンも驚いて、互いに顔を見合わせたほどである。

「神々にも似たアキレウスよ、私はたくさんの息子を軍神アレスに殺されてしまった。今日もトロイアを最後まで守っていた一番の勇士ヘクトルをあなたに討たれてしまった。ここを訪ねたのは、そのヘクトルの遺体を引き取るため。莫大な身代金の品々も持参しました。どうか、私を憐れんでください」

アキレウスは両手でプリアモス王の手を取り、静かに手を離した。二人は互いに悲しみをかみしめた。アキレウスはパトロクロスのために、プリアモス王はヘクトルのために。二人の泣き声は、陣屋中に響きわたった。
「なんと気の毒なお方。そして、こうして自分の多数の息子を殺した私の前に単身こられるとは。あなたは鉄のような心をお持ちだ。それにしても、船陣の扉を開けてこられたのは、神の助けがあってのことであろう。私には、母がゼウスの言葉を運んできてくれた。遺体はお返しするつもりだ」

アキレウスは二人の側近と一緒に、プリアモスの馬車から財宝を下ろした。その中の肌着一枚はヘクトルのために残した。そして、侍女たちにヘクトルの体をオリーブ油で拭かせ、ヘクトルの遺体を寝台に乗せた。
それから食事をとると、プリアモス王はアキレウスに言った。
「倅が死んでから、今初めてパンを口にし、酒も喉を通すことができました。これまで、食べ物は一口たりとも入れることはできなかった」

アキレウス、十一日間の休戦を約束

アキレウスはプリアモス王に問うた。
「ところで、ヘクトルの葬儀には幾日かけるおつもりか。その間は、私も兵も動かぬ」
「アキレウスよ、ヘクトルの葬儀を営むことにご依存がなければ、ありがたいこと。今、我らは門の中に閉じこもっています。遠くの山に火葬の薪をとりに出かけます。9日の間、屋敷でヘクトルを弔い、10日目に葬って町の者ともども饗応し、11日目に墓を築きます。ですから、12日目には戦いを始めても構いませぬ」
「では、その期間は戦いは控えよう」
こういうと、アキレウスはプリアモス王の右手を握った。その後、彼はプリセイスが待つ寝所に入っていった。

ヘクトルの遺体の帰還

ヘルメスはプリアモス王の枕元に立つと、出発を促した。
「ご老人、アキレウスは約束してくれたが、他のギリシャ勢がどう動くかわからぬ。早めにここを立った方がよい。そなたまで捕虜になるかもしれぬからな」
こうして、ヘクトルの遺体とともにプリアモス王はトロイア城へ帰ってきた。いち早く彼らに気づいたのは、王の娘で預言者のカッサンドラであった。

「町の人たち、ヘクトルが帰ってきた!」
その声に、町中の人々がプリアモス一行を門の前で出むかえた。みなの目からは、涙が流れていた。
母ヘカベと妻アンドロマケは、ヘクトルの頭をかわるがわる抱きしめた。

ヘクトルへの追悼

アンドロマケは嘆いた。
「旦那様、あなたは若くしてお亡くなりになり、わたしも寡婦になってしまいました。わたしたちの息子も殺されてしまうでしょう。町の守護者のあなたがいなくなっては、町もいずれ壊されてしまうでしょう。わたしたち女はみな、敵の船に連れて行かれるでしょう」

母ヘカベも嘆いた。
「ヘクトルよ、そなたは一番可愛い息子であった。アキレウスに討たれて、引き摺り回されたけど、今死んだばかりのように、そなたの体は美しい」

トロイア戦争の原因となったヘレネも嘆いた。
「トロイアに連れてこられて戦争になり、わたしは厄病神のように罵られました。ああ、そうなる前に死んでいたらよかったのです。しかし、あなたは、そんなわたしを優しくかばってくれました。だから、わたしはトロイアに来て20年も生きてこれたのです」

プリアモス王は宣言した。
「さあ、トロイアの人たちよ、薪を運んでくれ。アキレウスは12日目の朝が来るまでは戦わないと約束してくれた。だから、その間は安心してヘクトルの葬儀を執り行う」

10日目の朝が来ると、ヘクトルの遺体を薪の上に置いて火が放たれた。

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