1話5分で読めるギリシャ神話

ギリシャ神話の神・女神・英雄のエピソードが、絵画で分かりやすい。また、ギリシャ神話はあなたの美術鑑賞に役立ちます。〈アートバイブル〉も、絵画でわかりやすい聖書です。

カリュプソ島の船出 前編

オデュッセウスとカリュプソのいる幻想的な洞窟
ヤン・ブリューゲル 父〈オデュッセウスとカリュプソのいる幻想的な洞窟〉出典

オデュッセイア 第五歌
オリンポスの神々の会議で、アテーナは提言した。
「オデュッセウスのことは、みな忘れてしまったのだろうか。彼を引き止めている仙女カリュプソの洞窟で、苦しい日々を送っています。また、彼の故郷では、彼の愛児ニコマコスを殺そうとしている者たちがおります」

ゼウスは、ヘルメースに命じた。
「ヘルメースよ、オデュッセウスの帰国がかなうという、我らの決定をカリュプソに伝えよ。それは、神も人も手をかさぬ帰国でなければならぬ。筏に乗って20日間の苦難の末、スケリエ島パイエスケ人の国に着くようにしてやらねばならぬ」

ヘルメースはただちにサンダルをはき、カリュプソの島に向かった。
ここは自然に恵まれたところであった。しばしその風景を楽しんだ後、ヘルメースはカリュプソの洞窟に入っていった。

カリュプソは、ヘルメースを見ると
「あなたのような方に、お越しいただきうれしく思います。めったにないご来訪、何なりとも言いつけには従います。まずは、お食事でもいかがでしょう」

食事が終わると、ヘルメースは話はじめた。
「気のすすまぬ用事をゼウスから申しつけられました。トロイア陥落後の10年間、誰よりも哀れな男があなたの許にいます。ゼウスは、その男を一刻も早く旅立たせてやれと命ぜられました」

「なんと残酷な神なのでしょう。女神が人間の男に抱かれるのを快く思われない。曙の女神のオリオンをアルテミスがその矢で、デーメーテールのイアシオンをゼウスがその雷で殺してしまわれた。
オデュッセウスは、かつてゼウスがその雷で彼の船を粉々にしたとき、部下はみな死に、彼のみが船の竜骨にしがみついてこの島に流れ着いたのです。わたしは彼をこころよく迎え、いずれ不死にしてやるつもりでした。
しかし、ゼウスが命じられているのならば、ぜひもありません。わたしには船もなく人もありませんが、知恵を授けて彼を出発させましょう」

「では、そのように彼を立たせなさい。くれぐれも、ゼウスのお怒りを買わぬように」
そう言い残すと、ヘルメースは帰った。

ヘルメースのカリュプソへの命令
ジェラール・ド・レレス〈ヘルメースのカリュプソへの命令〉

カリュプソは浜辺でたたずんで嘆いているオデュッセウスを見つけると、
「不幸な男よ、泣き悲しんで、命を削るようなことはもう止めておくれ。わたしは今気持ちよく、そなたを国へ帰らせてあげるのだから。大きい木を切り出し、ひろい筏を組み立てなさい。わたしは食料、ぶどう酒をたっぷりその筏に積んであげよう。衣類もあたえ、つつがなく国に帰れるよう、順風も送ってあげよう」

オデュッセウスは身震いして言った。
「この広大な海を筏で越えよとは、何か企みでもあるのですか。女神よ、どうかそのような企みはないと、堅い誓いを立ててください。でなければ、筏に乗るつもりはありません」

「悪い人だこと、それによく気もまわるし。では、あの冥界のステュクスの流れも照覧あれ、わたしは誓って、そなたに決して危害をたくらみはせぬ。今そなたのために策を練っている。わたしは思慮もあるし、心も鉄ではない、あわれむことも知っている」

二人は女神の洞窟にかえると、アンブロシアとネクタルの食事をとった。
「そんなに帰りたいと言うのであれば、仕方がない。お別れを言ってあげよう。でも、国に帰り着くまでに、どんなに苦労を重ねなければならぬ運命である知っていたら、この地でわたしと一緒に暮らし、不死にもなっていたろうに。また、女神のわたしの姿形が、恋しい妻に劣るとは決して思わぬ」

「尊い女神よ、おはら立ちになりませぬよう。思慮深い妻ペネロペイアといえども、人間の姿形が女神に劣ることは十分承知しております。しかし、国に帰りたいと思い続けてきたのです。これまで海の上で多くの艱難辛苦をなめてきました。さらに、苦労が重なったとしても、なんのことがありましょう」

やがて日が落ち、夕闇が訪れてきた。二人は洞窟の奥へさがって、たがいに寄り添い、愛の喜びに浸った。

次の朝、カリュプソはオデュッセウスを島の外れの森に案内した。そこには、枯れて久しく、軽やかに水に浮く巨木が立ち並んでいた。彼はその木を切り出し、材木を並べ、女神が用意したきりで穴をあけ、これを組み合わせ、木くぎを打ち、筏を作りはじめた。オデュッセウスは、まるで練達の船大工のようであった。

四日めに筏は完成し、五日目にカリュプソはオデュッセウスを島から見送ることになった。女神は彼をフロに入らせると、香を焚きこめた衣服を着せた。また、筏には、酒、水、食物の袋をたっぷり積み込ませた。それから、仙女は温かく穏やかな順風をおくり、オデュッセウスは順風に心も楽しく帆を広げた。

「アルクトス(大熊座)を常に左手に見つつ海を渡れ」
オデュッセウスは、新たな苦難にむけて船出したのであった。

オデュッセウスの船出
サミュエル・パーマー〈オデュッセウスの船出〉