〈アテナ、ペネロペの妹イプティメの幻を送る〉
テレマコスは父オデュッセウスの消息を求めて旅を続けていましたが、その留守中、イタケでは求婚者たちが彼の暗殺を企てていました。
家臣メドンがその陰謀をペネロペイアに伝え、彼女は深く嘆きます。乳母エウリュクレイアは出発の経緯を明かし、女神アテナへの祈りを勧めました。
アテナは妹イプティメの幻を送り、息子の無事と神々の加護を告げて慰めます。
夢から覚めたペネロペイアは心を少し落ち着けますが、求婚者たちはアステリス島でテレマコスの帰還を今も狙っていました。
求婚者たちのテレマコス暗殺の陰謀
メネラオスはテレマコスに提案しました。
「テレマコスよ、11日か12日ほど、ここスパルタに滞在してはどうか。その間に、土産物や馬も十分に用意しよう」
これに対し、テレマコスは丁重に辞退します。
「一刻も早くイタケに帰りたいのです。馬や土産物は船に積むことができません。それに、ピュロスに残してきた仲間たちも、しびれを切らして私とネストルの息子を待っているでしょう」
その頃、イタケではオデュッセウスの屋敷の庭に求婚者たちが集まっていました。そこへノエモンが現れ、中心人物のアンティノオスとエウリュマコスに言います。
「テレマコスがピュロスからいつ戻るのか、誰か知っているのか? 私の船で出かけたのだが、急にその船が必要になってしまってね」
思いがけない言葉に、ふたりは驚愕します。
「何だと? テレマコスはいつ出発したのだ? 誰が同行した? 船は進んで貸したのか?」
ノエモンは答えます。
「領主の息子の頼みだから断れなかったのさ。同行したのは、我らに次ぐ名門の若者たち20人。そして、メントルも船に乗った。だが、出発した次の日、この地でそのメントルを見かけた。ゆえに、あれはメントルに姿を変えた神がテレマコスに同行したのだろう」
するとアンティノオスはすぐさま対策を講じます。
「テレマコスめ、青二才の分際で大それたことをしたものだ。今後、奴は我らにとって厄介な存在となるであろう。さあ、船を一艘と若者20人をよこせ。イタケと岩だらけのサモスの間にあるアステリス島で、帰り道を見張っていよう」
家臣メドン、求婚者たちの陰謀をペネロペイアに伝える
この陰謀を立ち聞きしていたのは、オデュッセウス家の忠臣メドンでした。彼はすぐにペネロペイアのもとへ駆けつけ、事の次第を告げます。ペネロペイアは憤り、こう言い放ちます。
「メドンよ、求婚者たちから何か要求でもあったのか。オデュッセウスは彼らを平等に扱っていた。それなのに、このような恥知らずの行いとは。今までの恩義を何とも思っていないのか」
メドンは答えます。
「お妃様、これは恥知らずというだけでは済まぬことです。彼らはテレマコス様を帰り道で待ち伏せし、命を奪おうとしているのです。実は若様は、オデュッセウス様の消息を尋ねにピュロスとスパルタへ旅立ったのです。どこかの神の導きがあったのかもしれません」
メドンが去ると、ペネロペイアは嘆きの声をあげます。
「夫に続いて、今度は息子まで屋敷を去ってしまった。あんまりではないか……。私は何一つ知らされていなかった。誰か、ドリオス爺を呼んでおくれ。急いで、ラエルテス爺に一部始終を伝えてもらいたいのです」
(※ラエルテス爺とは、オデュッセウスの父にあたる人物です)
アテナ、ペネロペイアの妹イプティメの幻を送る
その後、テレマコスの乳母エウリュクレイアがペネロペイアに真相を告げました。今まで黙っていたのは、母を案じてのテレマコス自身の指示であったこと。そして、出発に際しては自ら食事や酒を用意したことなども語ります。
「奥様、どうか湯浴みをなさって衣を改め、女神アテナに祈りを捧げてくださいませ」
ペネロペイアは着替えを済ませ、アテナに祈ります。
「アテナ様、どうか私の息子を、あの求婚者たちの手からお守りください」
祈りを聞き入れたアテナは、ペネロペイアの妹イプティメの幻を送ります。夢の中で彼女は姉に語りかけました。
「姉さん、どうか嘆かないで。神々はあなたを見放してなどいません。あなたの息子は無事に帰ってきます。しかも、彼にはアテナ様がついていてくださいます」
ペネロペイアは尋ねます。
「もしあなたが神か、神の声を聞いたのであれば、教えてください。オデュッセウスは今も陽の光の下にいるのですか? それとも、冥界にいるのでしょうか」
幻の妹は答えました。
「そのことは、はっきりとは申し上げられません。風のように移ろいやすいことを語るのは、良きこととはいえません」
そう言って、幻は消えていきました。
目覚めたペネロペイアは、その夢のあまりの現実感に、心の底から温かな気持ちを覚えたのでした。
一方、求婚者たちは船に乗り、テレマコスの殺害を胸に秘めながら、イタケとサモスの間に浮かぶアステリス島で、彼の帰りを今か今かと待ち構えていたのでした。