〈ポセイドンの白馬〉
女神カリュプソの島を離れたオデュッセウスに、ポセイドンの怒りが襲いかかります。彼は自らの息子キュクロプスの目を潰されたことに激怒し、海を荒れ狂わせて筏を沈めてしまいます。
命からがら海に投げ出されたオデュッセウスは、海の女神レウコテエから霊力を持つヴェールを授かり、再び泳ぎ出します。
さらにアテナの導きによって岩場をよけながら泳ぎ続け、ようやくパイエケス国の川の入江にたどり着きます。
ポセイドンの怒り
「ええい、なんたることだ!
わしがアイティオピア人の国へ行っている間に、神々はオデュッセウスについて考えを変えたらしい。パイエケス国の近くまでもう来ておるではないか。彼はこの国から、ついに故郷へ帰る運命にあるのだな」
ポセイドンは三叉の矛を取り、雲をかき集め、東西南北あらゆる風に命じて海を荒れさせました。
「ああ、わしは、なんという不運な男か。仙女カリュプソが『まだまだ苦難が続く』と予言したとおりではないか――」
オデュッセウスがそう叫んだとたん、巨大な波が筏をのみ込み、ひっくり返しました。彼は海に投げ出されながらも、必死で筏にしがみつきます。
海の女神レウコテエの憐れみ
それを見たカドモスの娘、海の女神レウコテエは海中より姿を現し、オデュッセウスに憐れみを抱いて声をかけます。
「不運な男よ、ポセイドンは何に怒り、そなたにこれほどの苦難を与えるのか。さあ、ぬれた衣服を脱ぎ、筏はもうあきらめなさい。そして、この霊力をもつヴェールを胸の下に巻きなさい。陸に上がったら、海を背にしてそのヴェールを海に投げ返せばよいのです」
※ポセイドンは、自らの息子キュクロプスの片目を、オデュッセウスがつぶしたことに腹を立てていたのです。
〈オデュッセウスを何度も救う女神アテナ〉
ポセイドン、筏を粉々にする!
このときポセイドンは、さらに大きな波を起こし、ついに筏を粉々に砕いてしまいました。オデュッセウスは、流された材木にまたがると、衣服を脱ぎ、女神レウコテエのヴェールを胸に巻きつけて海へと飛び込みます。
「オデュッセウスよ、あてもなく海をさまようがよい。いずれパイエケス人の国にたどり着こうが、それまでに十分に苦しめば、わしはもう文句は言うまい」
そう言い残すと、ポセイドンはたてがみ美しい馬にムチをあて、自らの宮殿へと帰っていきました。
オデュッセウスは、その後、二日二晩にわたり、嵐に翻弄されることとなります。
オデュッセウスを助けるアテナ
そして三日目の朝、女神アテナはあらゆる風に命じて嵐を鎮め、オデュッセウスを深い眠りから目覚めさせます。
彼はようやく、前方にパイエケス国の陸の影を見つけ、必死に泳ぎはじめました。しかし、海岸線は切り立った岸壁と岩場ばかりで、上陸できそうな場所が見当たりません。
「ああ、情けない……陸に上がれる場所がどこにも見えぬ。このままでは、ポセイドンやその奥方アムピトリテが飼っている海獣をけしかけてくるかもしれぬ。わしをどれほど憎んでおられることか」
またもや大波が襲い、オデュッセウスはとっさにギザギザの岩にしがみつきます。波が何度も押し寄せ、手からは血が吹き出します。ついに力尽き、岩を離れて溺れかけてしまいました。
そのとき、女神アテナが現れ、彼に「岩場に沿って泳ぎ続けよ」と導きを与えます。
こうして、オデュッセウスはようやく清らかな川の入江にたどり着きました。川辺にあがると、その場に倒れこみ、しばらくは動くこともできません。やがて彼は立ち上がり、女神レウコテエのヴェールを胸から外し、海を背にして投げ返しました。
それから彼は森の茂みを見つけ、木々のあいだに身を隠し、乾いた葉をかき集めて体にかけ、ようやく横になります。
そのオデュッセウスに、アテナはやさしく眠りをふりかけてやりました。
さらに後には、パイエケス国の王女ナウシカアが彼を見つけ、宮殿へと案内するよう導いていくのです。