【第13歌】ヘクトル、ギリシャ船陣脇の戦い
(更新日:2021.02.28)
ギリシャ軍vsトロイア軍、今まさに戦いの佳境を迎えています。両軍のたくさんの武将が死に、ヘクトルはゼウスの意図通り闇雲に突き進んでいたため、その実態をつかんでいません。
さすがに不安になったのか、普段だったら意見など聞かぬプリュダマスの忠言に耳をかします。ゼウスが見ている限り無理ですが、ここでいったん戦いをやめ、引き揚げていれば運命が変わっていたかもしれません。
だがここで、ヘクトルは大アイアスと再び相対します。
ウォルター・クレイン〈ポセイドンの馬〉
【イリアス 第13歌】
ゼウスに怒ったポセイドンの暗躍
壮絶な戦いをくりかえしているギリシャ勢とトロイア軍。
この時、ゼウスはトラキアの島サモスの山頂に腰を下ろし、下界を見下ろし安心しています。もはや神々はだれも自分の命令に逆らわず、どちらかに味方することはあるまいと。
しかし、ポセイドンはゼウスに怒り動き始めていました。予言者カルカスとなって、ギリシャ軍を鼓舞してまわっています。
「両アイアスよ、おぬしら二人であのヘクトルを船陣から撃退することができよう」
そう言うと、杖で打って二人の全身に力をみなぎらせました。
大アイアス=サラミス王テラモンの子、小アイアス=ロクリス王オイレウスの子
小アイアスが大アイアスに言言いました。
「テラモンの子アイアスよ、今、オリュンポスの神が姿を変えて、われらに命じたに違いない。あれは予言者カルカスではない。その身のこなしの速さといい、我らの力をみなぎらせてくれもした」
「いかにも、今のわしは力がみなぎり、ヘクトルと刃を交えたい気持ちでいっぱいだ」
また、ポセイドンは戦意喪失していたギリシャ勢に、
「恥を知れ、若造どもが。苦しい戦いを恐れているなら、この日こそ我らギリシャ勢がトロイア軍に撃たれる日となろう。いくらアガメムノンとアキレウスの仲違いが原因で今の状態になっていようと、安閑としていることは許されぬ」
ゼウスを信じて、ヘクトル叫ぶ!
「ゼウスが私を奮起せしめられたのであれば、ギリシャ勢は私の槍の前に退くしかない」
ヘクトルはこう自軍を勇気づけると、兄弟デイポボスが先陣の前に進み出てきました。
そんなデイポボスにイドメネウスの部下メリオネスが、槍を投げつけました。が、槍はデイポボスの楯に阻まれ、メリオネスは槍を取りに陣屋に戻って行かざるをえません。
その間にも、大アイアスの弟テウクロスは、槍でインブリオスの耳の下を刺して殺しました。
一方、ヘクトルがアンピマコス(ポセイドンの孫にあたる)を倒すと、小アイアスはインブリオスの首をはね、ヘクトルの足元に投げつけました。
ポセイドンは孫の死に怒り、イドメネウスを鼓舞します。
「クレテ勢を率いるイドメネウスよ、トロイアに対して言っていた大言壮語はどこへ行った」
この時のギリシャ勢はイドメネウスをはじめ、メリオネス、アンティロコス、そしてメネラオス、アスカラポス、アパレウス、デイピュロスの面々。
対するトロイア勢は、デイポボスをはじめ、アイネイアス、パリス、アゲノルらの面々。
両軍は戦い、多くの武将の血が流れます
死んだギリシャの武将は、軍神アレスの子アスカラポス、ヒュプセノル、デイピュロス、エウケノルなどなど。一方、死んだトロイアの武将は、オトリュオネウス、アシオス、アルカトオス、オイノマオス、アパレウス、アダマス、ペイサンドロス、ハルパリオンなどなど。
なかでも、アルカトオスはポセイドンにより目をくらませられ、手足も動けぬ状態で、イドメネウスに殺されました。
ヘクトルは多くの武将が死んだり、傷ついたりしていることに気がつきません。このままでは、トロイア軍は城壁に押し戻されていたに違いありません。そんなヘクトルに、プリュダマスが声をかけました。
「ヘクトルよ、一歩退いて戦況を確認したらどうだ。それにより撤退するか、このまま攻めるか決めようではないか」
「わかった、今すぐ確認してこよう。ここに主だった武将を引き留めておいてくれ」
ヘクトルも何か察するところがあり、普段ならプリュダマスの提案など一蹴していたはずです。
ヘクトルは、自軍の中を駆け巡り、その中にいたパリスに尋ねました。
「色狂いのパリスよ、デイポボスはどこにいる、豪勇ヘレノスは、アシオスとその子アダマス、オトリュオネウスは......」
「兄者の探している戦友は幾人かは討たれた。が、デイポボスと豪勇ヘレノスの二人だけは、槍で腕を刺されて自軍に退いた。さあ、兄者、我らを率いてくれ」
こうして、二人はもっとも激しい戦闘の場所にむかいました。
大アイアス、ヘクトル再び相対す
ヘクトルとパリスの前には、大アイアスが立ちはだかります。
「ヘクトルよ、どうした。もっと近くにきたらどうだ。ギリシャ勢がいったん負けたかに見えたのは、ゼウスがふるう悪意の鞭に打たれたからだ。きさまは船陣を粉砕する気でいるかもしれぬが、我らは防いでみせる。いや、それよりも早く、おぬしらの見事な町トロイアは、われらの手によって破壊されるであろう」
この時、大アイアスの右手に吉兆を示す鳥、天空をかける鷲が飛びました。ギリシャ勢は歓声を上げます。
ヘクトルは負けずに、大アイアスに言い放ちます。
「ほざくな、アイアス。今日がギリシャの敗北の日。おぬしも船のそばで倒れ、その体は野犬や野鳥の腹を満たすことになろう」
大アイアスvsヘクトル、再び相対します。