シーシュポスの岩
フレデリック・ジョン〈シーシュポス〉プロメテウスを思わせるこの高貴さ!
落ちていく岩を見ていたシーシュポスは、無表情であった。
いや、唇のはしには、笑みが浮かんでいる。そして、岩が落ちていった山のふもとに向かった。
シーシュポスがゼウスの怒りを買った2つの原因
コリントスの創建者シーシュポスは、テッサリア王アイオロスとエナレテーの息子。誘拐されたアイギーナを探していた父の河神アーソーポスがやってきた時、シーシュポスは館に涸れることのない泉を湧き出させることを条件に、ゼウスがアイギーナを連れていたと河神に告げ口をした。
また、シーシュポスの父アイオロス王が死んで、兄弟のサルモーネウスがその後を継ぐと、腹を立てた彼は、デルボイのアポローンに神託をうかがう。
「おまえの姪との間に子ができれば、その子が復讐を果たすだろう」
そこで、彼はサルモーネウスの娘テューローを誘惑し、二人の子をもうける。だが、自分への愛情からではなく、父への怒りからだと知った彼女は、二人の子供を自ら殺してしまう。(この後のことは未詳)
ゼウスの怒り、死の神タナトスを派遣する
ゼウスは、河神アーソーポスへの告げ口とテューローの誘惑に怒り、死の神タナトスにシーシュポスを捉え、タルタロス(冥界よりさらに下にある世界)に連行するよう命じた。
「その手錠はどう使うのかね?亅
タナトスがやってきて、手錠をかけようした時、シーシュポスはたずねた。
タナトスが自分の手で実際にやってみせると、まさにその時、シーシュポスはタナトスに手錠をかけて、そのまま館に幽閉してしまったのである。
困ったのは軍神アレースと冥界の王ハーデース。死の神タナトスがいないので、自分の管轄であった「人の死」がなくなってしまったからだ。今までは、戦い、病、寿命で死ぬ人間は多かった。アレースとハーデースの面目は丸つぶれ、尊厳も地に落ちてしまう。そこで、アレースはシーシュポスをとらえ、タナトスを解放したのである。解放されたタナトスが、最初に与えた死がシーシュポスであった。
ヤチェク・マルチェフスキ〈死の神タナトス〉
「決して自分の葬式を出してはならぬ」
いずれ冥界に連行されると分かっていたシーシュポスは、妻メロペーに言っておいた。
彼は冥界に連れていかれると、冥界の王ハーデースとその妻ペルセポネーに訴えた。
「葬式も出さない妻を懲らしめたいので、3日間だけ生き返らせてくれ」
許しをえたシーシュポスは生き返ると、自然の美しさ、食べる楽しみ、女との悦楽に冥界に戻ることはなかった。
この神々への不遜行為で、ゼウスの怒りも頂点に達する。ヘルメースをつかわし、シーシュポスをタルタロスへ連行し、永劫の罰をあたえた。彼が大きな岩を山頂に運びあげる、すると岩はふもとにころげ落ちる、また山頂に運びあげる、またころげ落ちる......。
「シーシュポスの岩」である。
だが、狡猾なシーシュポス、なぜこの永遠の罰をすんなり受け入れているのであろう?
あのプロメテウスを思い出させる。二人には「誇り(プライド)」という共通項がある。違いは、シーシュポスの誇りには悪賢さがあり、プロメテウスの誇りには尊厳がある。
落ちていく岩を見ていたシーシュポスは、無表情であった。
いや、唇のはしには、笑みが浮かんでいる。そして、岩が落ちていった山のふもとに向かった。
ティツィアーノ〈シーシュポスの罰〉
シーシュポスのエピソード、オデュッセウスの誕生
シーシュポスがコリントスにいた頃、近くにヘルメースの子アウトリュコスが住んでいた。彼はたびたびシーシュポスの家畜を盗んでいたが、けっしてバレなかった。さすが、盗みの神ヘルメースの子。茶色の牛は黒い牛に、角があるヤギは角のないヤギに変え、分からないようにしていたからだ。父より授かった悪知恵である。
困ったシーシュポスは一計を案じた。家畜のヒヅメに「SS」と刻印したのだ。いつものように、アウトリュコスが家畜を盗んでいった。シーシュポスは近所の人々を集めると、アウトリュコスに迫った。
「その牛のヒヅメを見せてもらおう」
はたして、「SS」の刻印があった。動かぬ証拠だ。しかし、アウトリュコスはなんだかんだ言い訳し、やがて人々を巻き込んで口論までし始めた。
その間に、シーシュポスはこっそり前からねらっていたアウトリュコスの娘アンティクレイアの部屋にいき、彼女を無理やり犯した。こうして、生まれたのがオデュッセウスである。ギリシャ第一の智略者といわれたのは、シーシュポスとアウトリュコスの悪賢い血を受け継いだからであろうか。
このエピソードだと、オデュッセウスはラエルテスの息子ではないことになる。『イリアス』や『オデュッセイア』では「ラエルテスが一子オデュッセウス」と、彼の枕詞が「ラエルテスが一子」なのだが。