〈グラウコスとスキュラ〉
「水が恋しい!水の中に入りたい」
グラウコスは、もとは人間の漁師でした。
ある日、川中にある島の草の上に魚を並べて、分けていました。すると、今までぐったりしていた魚が、生き返ったかのようにピンピン飛びはね、川の中に飛び込んでしまいました。
「この草に何か秘密があるのだろうか?」
グラウコスは草を引きぬくと、ムシャムシャ食べてみました。すると、髪と背はみずみずしい青色になり、腰から下は魚になってしまいました。
「あぁ、水が恋しい!水の中に入りたい」
なんと、グラウコスは人魚のような神に変身してしまったのです。川や海の神々も彼を受け入れました。海の神オケアノスとその妻テテュスは、グラウコスに残っていた人間臭さもすべて取り除いてやりました。
乙女のスキュラ
スキュラは天気のよい日に、浜辺の入り江にきて水に入ったり、岩場の影で涼んだりしていました。グラウコスはそんな彼女に恋をしました。
ある日、グラウコスは近づいて言いました。
「お嬢さん、私は怪獣でもなければ、怪物でもありません。こう見えても、ポセイドーンの息子トリトンよりも上位の神なのです。そして...」
グラウコスが話し終わる前に、スキュラは怖さで逃げ出していました。
グラウコスは苦悩しました。
「そうだ、あのキルケに相談してみよう」
キルケは、オデュッセイアにも出てくる魔女です。グラウコスは、彼女に恋の薬草でも作ってもらおうと思ったのです。
魔女キルケの告白
「スキュラの愛をえたい、どうか彼女が私を愛するように薬を作ってしてほしい」
グラウコスに相談されたキルケは、とまどいながらも彼に告白しました。
「あなたは素晴しい神なのです。
だから、そんな逃げるような乙女はやめて、あなたを愛してくれる女に目をむけなさい。
あなたほどの神ならば、どんな女も恋に落ちてしまいますよ。
私だって...じつは、あなたを慕っています。
いろんな薬草を知っているからと言って、この私の恋心をしずめることはできません」
グラウコスは、答えました。
「海の底に木が生えたり、海の藻が山に生えたりしても、私の愛は変わらない。この愛は、スキュラだけのもの」
怪物スキュラの誕生
キルケは腹立たしくなりましたが、恋するグラウコスには何もできません。その怒りは、スキュラに向けられました。スキュラが行く入江に毒薬をまき、不気味な呪文を8回唱えたのです。
スキュラは何も知らず、いつものように入江にくると、水の中に入りました。すると、彼女の腰のまわりに凶暴な犬が6頭現れ、口をあけて彼女をおびえさせます。
彼女は逃げましたが、犬たちも同じ早さで彼女を追いかけてきます。
そして、逃げているうちに、スキュラは悲しい現実に気づいたのです。
「あぁ、なんということでしょう。
この犬たちは私の体の一部なんだわ」
スキュラは、もう動けなくなりました。また、心も怪物のように邪悪にかわり果てていきます。
こうして、怪物スキュラが誕生したのです。そして、近くに来た船を見つけると、6頭の犬が船員6人を捕まえては食べてしまいます。後にここを通ったオデュッセウスの子分も食べられました。
その後、怪物スキュラは岩に変わり、人を襲うこともなくなりました。
しかし、今でも船乗りたちはこの岩を恐れているということです。
一方、グラウコスはキルケの愛を一時受け入れましたが、人間を怪物にかえ虐待するキルケに愛想をつかして離れていきました。
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キーツ作『エンディミオン』
キルケはスキュラを溺死させました。それを知ったグラウコスはキルケから離れましたが、彼女に老人にされてしまいます。そして、彼はキルケに殺されたスキュラと人々の死体を1000年間拾い集めながら暮らします。後に眠れる若者、エンディミオンがスキュラや人々を生き返らせ、グラウコスも若き姿に戻してやりました。
〈スキュラ〉ナポリ国立考古学博物館 出典