フィッター〈ディオメデス、アフロディテを傷つける〉
ディオメデス、鬼神のごとく奮戦
アテナは、テュデウスの子ディオメデスに手柄を立てさせようと、力と勇気を授けました。兜と盾からは火炎が燃え上がる勢いです。次々にトロイア軍の名だたる武将を倒していきます。
ギリシャ軍の総大将アガメムノンをはじめ、他の武将もトロイア軍を圧倒しています。
ディオメデスの活躍を見ていたのは、トロイア軍の弓の名手パンダロスでした。彼は弓矢を取り出すと、ディオメデスに矢を放ちました。矢は肩に刺さり、肩から鮮血が流れ落ちます。「ギリシャ軍第一の勇者は、傷ついたぞ」
しかし、ディオメデスは死ぬことはなく、友ステネロスに矢を抜いてもらいました。この時、ディオメデスが祈って言うには、「アイギスを持つゼウスの姫神アテナよ、あの矢を放った男を近くに来させてください」
アテナは祈りを聞き入れ、傷を和らげると、「テュデウスの子よ、父親譲りの闘志を吹き込んでやったぞ。また、神と人間とを区別できるように、そなたの目からモヤを払ってやった。だから、神がそなたを試そうと近づいても、相手にしてはならぬ。ただし、あのアフロディテだけは別だ。その槍で刺しても良いぞ」
かくして、ディオメデスは最前線に戻りました。その戦いぶりは獅子の如く、トロイアの武将を一人、また一人と倒していきます。
弓の名手パンダロスの死
敵のディオメデスの戦いぶりを目にしていたアイネイアスは、パンダロスに言います。 「弓の名手パンダロスよ、あの暴れまわる勇者を射止めよ。ひょっとして神であるかもしれぬがな」
「アイネイアスよ、さきほど彼の肩を射抜いたのだ。冥府に送ってやったと思ったのだが、神の仕業に違いない。矢は逸れたのだ。メネラオスといい、あのディオメデスといい、わしの矢で死なぬとは。もはや、槍で戦うしかないか」
「では、パンダロスよ、わしの戦車に乗り、わしかそなたがディオメデスと戦おうではないか」 「アイネイアスよ、そなたが手綱を取ってくれ、わしが槍で戦う。万が一逃げるような事態になれば、そなたが慣れた馬を操った方がよかろう」
迫ってくる二人の姿を見たディオメデスと友ステネロスは 「パンダロスと女神アフロディテの息子アイネイアスがやってくるぞ、ここはひとまず引き下がろうではないか」
ディオメデスは答えます。 「何を言ってる、逃げはせぬ。女神アテナが許しては下さらぬ。それにな、二人を倒して、あのアイネイアスの名馬を奪えたら、これほどの名誉はない。セウスがガニメデスを奪った償いに父トロスに与えた名馬の子なのだ」
話している間にパンダロスとアイネイアスは近づいてきました。そして、パンダロスとディオメデスは、同時に槍を互いに向けて投げ合います。パンダロスの槍は外れ、ディオメデスの槍は見事にパンダロスの鼻に命中し、彼は戦車から落ちて息絶えました。
ディオメデス、アフロディテを傷つける
死んだパンダロスの体を守るため、アイネイアスは彼の前に立ちはだかります。
ディオメデスは二人がかりでも持ち上げられぬ重い石を持ち上げ、アイネイアスに投げつけます。石はアイネイアスの腰に命中。死の闇が彼の目を覆う寸前、女神アフロディテが抱き上げ、息子アイネイアスをその衣で槍や矢から防ぎました。
ディオメデスはアフロディテに近づくと、その槍で女神の腕を突きました。女神は悲鳴を上げ、我が子アイネイアスを腕から落としてしまうと、すかさずアポロンが受け止めました。
ディオメデスは、「女神よ、肉弾相撃つ戦いから手を引かれるがよい。さもなければ、戦いと聞いただけで身震いなさるようにするぞ」
女神は痛みに耐えかね立ち去ると、軍神アレスの馬車に乗りました。すると、虹の神が手綱をとり、オリュンポス山へ引き上げていきました。
ディオメデスはアイネイアスを仕留めようとしますが、アポロンがそれを阻みます。「ディオメデスよ、落ち着け。神々と対等であると自惚れるな。神と人は種族が違うのだぞ」 そう言うと、アポロンはアイネイアスを自分の神殿に連れて行きました。
アポロンの母レトと妹アルテミスが彼を介抱している間に、アポロンはアイネイアスの姿になり戦場に戻ります。
軍神アレス、参戦する
アポロンがアレスのところに来ると、「アレスよ、テュデウスの子ディオメデスを戦場から引き離してはくれぬか。神々にも襲いかかるほどの勢いだ」と言うと、アポロンは城壁の上に腰を下ろし戦況を見守ります。
アレスがトロイア軍を叱咤鼓舞し始めると、そばには争いの女神エリスも付き従っていました。
その頃、トロイア軍の中では、サルペドンがヘクトルを激しくなじっていました。 「ヘクトルよ、このままギリシャ軍をのさばらせておくのか。トロイアには、われら助っ人が守るものは何もない。それでも戦っている。このままでは、トロイアは滅びてしまうぞ」
ヘクトルはその言葉が胸に刺さり、トロイア軍を鼓舞し始めました。 こうして、両軍はさらに激しい戦いになだれ込んでいきます。