カラッチ〈ゼウスとケストスをつけたヘラ〉
アガメムノンの弱気を諌めるオデュッセウス
ギリシャ軍の防壁はすでに崩れ落ち、トロイア軍が迫っていました。老ネストルは、総大将アガメムノンのところに行くことにしました。
そこへ3人とも手傷を負ったアガメムノン、オデュッセウス、ディオメデスが帰ってきます。
アガメムノンは、「ネストルよ、何用か。ギリシャ勢はアキレウス同様わしに遺恨を抱いて戦おうとせぬ。ヘクトルは、わが船団に火を放つまでは船陣から引き上げぬ」
「いかにも。今でも、船陣わきで激しい戦いが続いている」「ネストルよ、堅固に築いた防壁も濠も役立たなかった。今は、ゼウスの神慮がトロイアにあるのだ。わしはもう船を海に下ろし、撤退した方がいいと思っている」
すかさず、オデュッセウスは反対します。「アガメムノンよ、何を弱気なことを言う。戦っている最中に船を海に下ろせば、トロイア軍の思い通りになる」
「オデュッセウスよ、そなたの叱責は胸にこたえる。なにか策がないかと迷っているのだ」それには、ディオメデスが答えました。「では、傷ついた我々は戦おうとしなかった連中に、再び活を入れて戦わせようではないか」
ポセイドンは、ギリシャ軍に気合を入れています。「瞬時も休まず、奮戦せよ! トロイア軍は船団と陣屋から逃げ帰ることになろう」
アフロディテのケストスを借りるヘラ
ポセイドンをオリュンポス山から見ていて、ヘラはほくそ笑んでいました。ついでにイデの頂上にいるゼウスを見上げ憎らしく思いました。
「どうすれば、ゼウスを騙せるか?」 最上の策は、夫の愛欲をかきたて自分を抱かせ、その後眠っている間にギリシャ軍を助けることでした。
ヘラは香油を全身に塗り、アテナが織り上げた衣装をまとい、こっそりとアフロディテを呼び出します。「私の頼みを聞いてほしい。トロイアに肩入れしているそなたには、ギリシャに肩入れしている私の頼みは嫌であろうが」
「位高き女神ヘラよ、私にできることならお役に立ちたいと存じます」
「〈愛欲〉と〈慕情〉を貸してほしい。神々の祖オケアノスと母なるテテュスに会いに行こうと思う。二人は私の育ての親だから、二人の仲違いをとりなしてあげたい」 ヘラは、アフロディテに嘘をつきました。
アフロディテは、身に着けていた〈ケストス〉を外すとヘラに渡しました。ケストスは〈愛欲〉と〈慕情〉の他に、思慮深い者の心をもたぶらかす〈口説き〉の力をも秘めているのです。
ヘラ、眠りの神ヒュプノスを口説く
ヘラはまずレムノス島へ向かい、ヒュプノスの助力を願いました。彼はかつてヘラの頼みを聞いて、ゼウスを眠らせたことがありました。ゼウスが眠っている間に、ヘラは暴風を起こし、憎きヘラクレスを荒海に漂わせ、仲間から引き離しました。
ゼウスは目を覚ますと激怒し、ヒュプノスをこの世から消そうとしました。この時、ヒュプノスの母ニュクス(夜)が彼を救ったのです。
この前例があり、ヒュプノスはヘラの頼みを最初は断りました。
しかし、タレイア(繁栄)、エウプロシュネー(歓喜)、アグライア(優美)の三美神の一人を妻にしてあげようというヘラの申し出には、彼も引き受けざるを得ませんでした。この時、彼はヘラに騙されないよう、神でも破れないステュクス河の水に誓わせました。