総大将アガメムノンの叱咤激励
ヘクトルの戦いに危機感を持ったアガメムノンは、船団の中央にあるオデュッセウスの船の側で嘆きました。
「恥を知れ、たった一人のヘクトルに対して互角に戦えぬとは。どうか、ゼウスよ、我らを助け給え」
ゼウスはこれを聞き入れ、即座に仔鹿を鷲に捕まえさせ、ギリシャ軍の祭壇に落としました。これを見たギリシャ勢は、鳥がゼウスから遣わされたものだと知り、闘志を新たに奮い立たせました。
ディオメデス、アガメムノンとメネラオスの兄弟、両アイアス、イドメネウスなどが、トロイアの武将を次々に倒していきました。
弓の名手テウクロス
弓の名手テウクロスの働きは素晴らしく、兄アイアスの大楯の陰から、多数のトロイア兵を射止めています。アガメムノンは、大いに彼を褒め称えました。
しかし、テウクロスは矢を射かけ続けましたが、どうしてもヘクトルに当たりません。なぜなら、アポロンが矢をそらしてしまうからです。
ヘクトルは大きな石を拾い上げると、テウクロスに投げつけました。石は鎖骨に当たり、手から弓は落ち、彼は膝をついてしまいました。すかさず、彼を大楯でかばったのは兄アイアスです。
この時、またしてもゼウスはトロイア勢を雷火で鼓舞し、ヘクトルの形相は軍神アレスか怪物ゴルゴン(メデューサはその一人)のようでした。またしても、彼の前にギリシャ軍は大勢の兵を失いました。ヘクトルは濠をこえ、船陣に入り込もうとします。
※敵に斬り殺されないように、弓者は仲間の大楯に守られながら矢を放ちます。
〈テラモンの子、弓の名手テウクロス〉
ヘラとアテナ、立ち上がる
これを見ていたヘラはアテナを呼び、
「アイギス持つアテナよ、このままギリシャ軍をかまってやらなくて良いものか。ヘクトルは、もはや手がつけられぬ」
それに答えるアテナ。
「ヘクトルめ、死んでしまえばいいのに。本当に、父上(ゼウス)ときたら、何を考えているのやら。父の御子ヘラクレスがエウリュステウスの難業の時、私が苦しんでいるのを助けたことなどケロリと忘れておいでになる。それなのに、父上は私を憎み、アキレウスの母テティスの望みをかなえている」
こうして、ヘラは馬を用立てると、アテナは鎧兜に身を包み、槍を手に取ると緋色の馬車に乗り込みます。もはや、ゼウスの命令を聞いているわけには来ません。
※「アイギス持つ」はアテナの枕詞であり、アイギスは彼女の防具である楯を指します。
ゼウス、ヘラとアテナを止める
これに気付いたゼウスは、虹の神イリスを呼び、
「あの二人を引き止めなさい。さもなければ、車から二人を投げ出し、車は粉々に砕いてやる。雷火の傷は10年経ってもなかなか直らないだろう。娘も父と争えばどうなるか、わかるはずだ。ヘラには、もう呆れはてて腹も立たない。昔から、何かにつけてわしを邪魔してくるからな」
イリスからゼウスの伝言を聞いたヘラは、アテナに告げざるを得ません。
「心苦しいが、ゼウスを相手にして戦うのは諦めるしかないでしょう」
ゼウスが語るヘクトルの運命
ゼウスは神々が集まる席で、ヘラに言いました。
「まだまだ大勢のギリシャ兵が死ぬ。ヘクトルはアキレウスが立つまでは戦いを止めない。やがてパトロクロスが討たれ、その亡骸をめぐって両軍が戦いを交えるだろう。運命はそのようになっている」
地上では夕闇が迫り、ギリシャ勢を追い詰めることができなかったトロイア軍には無念な思いが残り、ギリシャ勢には安堵の夜が訪れました。