ハミルトン〈パトロクロスの死を嘆くアキレウス〉
トロイアのヘクトルとプリュダマスの主張
日が暮れると、トロイア勢は一時引き上げました。夕食の準備をし、集会を開きます。アキレウスが出陣してきたら、どう対処するか今後の戦いの方針を決める会議になりました。
まず、プリュダマスが語ります。
「今は城へ帰ろう。アキレウスがいない時は、船陣を落とせると思っていた。が、出陣したからには落とすのは難しい。城門が我らを守ってくれよう」
ヘクトルはプリュダマスを睨みつけると反論します。
「プリュダマスよ、おぬしの言葉は気に入らぬ。今はゼウスがトロイアに勝たせようとしていることは明白なんだ。明朝、船陣を攻撃する。アキレウスが立ち上がろうと、痛い目を見るだけだ」
トロイア勢は、歓呼の声をあげます。プリュダマスに賛同する者は一人もいません。女神アテナが彼らの思慮を奪い、彼らは正しい判断ができなかったのです。
アキレウスの嘆きと決意
その頃、ギリシャ勢はパトロクロスの死を悼んでいました。とりわけアキレウスの悲嘆は大きく、両の手を遺体の胸の上に置いていつまでも呻いています。
「パトロクロスの父メノイティオスに勝利の分け前とともに、彼を連れて帰るといった言葉は虚しいものになってしまった。その上、私もこのトロイアの地で果てる運命である。
かくなる上は、パトロクロスよ、そなたを亡き者にしたヘクトルの首と私の武具をここに持ち帰るまでは、そなたの葬儀は行わない。また、亡骸を焼く火の前で、トロイアの立派な息子12人の喉を切り裂いてやる」
そう言うと、パトロクロスの体をお湯で清めさせると、寝かして頭から足まで麻布で包み、その上から白布をかけさせました。
ゼウスはヘラに言います。
「かくして、ヘラよ、お前の思い通り、アキレウスが立ち上がったというわけだ」
「女神の中で最も高い位にある私が、そうして何かいけないことがありますか」
テティス、鍛冶の神ヘパイストスを訪ねる
「テティスが、あなたにご用があるそうです」
と、テティスの訪問を夫ヘパイストスに伝えたのは妻カリスでした。
「わしにとって、大切な女神なのだ。かつてわしが醜さゆえに母ヘラに天から落とされた時、テティスとオケアノスの娘エウリュノメが海の洞窟にかくまってくれたのだ」
「テティスよ、どういうご用件でおいでなさったか。どうか、ご存分にお話くだされ。わしにできることなら、どんなことでもお役に立ちたい」
「ヘパイストスよ、私は不本意ながら、人間のペレウスの子を産みました。その子は今、トロイアの地におります。しかし、彼はそこで死ぬ定めです」
テティスは、今までのいきさつをヘパイストスに語りました。
「息子のために、どうか武具を一揃い、明朝までに作ってください」
「安心なさるが良い。誰が見てもほれぼれする見事な武具を用立ててみせる。ご子息の死の運命も避けさせてあげれば良いのだが......」
※カリスは芸術・技芸の女神です。一般的には、ヘパイストスの妻はアフロディテです。しかし、ホメロスは技芸の面から、ヘパイストスとカリスを夫婦にしたようです。
鍛冶の神へパイストスが造ったアキレウスの武具
ヘパイストスは、まず五重の盾を作り始めました。これは5枚の層が同心円をなして重ねられ、上へ行くほど小さくなっていく円錐形のものでした。
（あるいは、丸い盾を中心から5つあるいはもっと細分化した放射状の盾です。最後の写真参照）
【第一層】
大地あり、天空あり、海がある。太陽、月、星座、プレアデス星団、ヒアデス星団も描かれ、まさに宇宙の縮図です。
【第二層】
次の層には人間の住む美しい二つの町があります。一つの町には婚礼と祝宴の情景が広がります。もう一つの町では二つの軍勢が町を取り囲み、町からも部隊が出陣し、その先頭に立つのは軍神アレスと女神アテナです。かくして、両軍は川の堤で剣を交え、槍を投げ合っています。
【第三層】
多数の農夫が牛を使い、肥沃な休耕田を耕しています。王領の荘園では人足が麦を刈っています。また、たわわに実るぶどう園もあり、その周りには垣根が巡らされています。一本の道がぶどう園に通じ、男女が行き交っています。
【第四層】
牧場へ急ぐ牛の群れが見えます。四人の牧夫と足の速い犬九頭が追いかけています。二頭の獅子がその牛を襲い、噛み裂いています。谷間には雪が降り、羊が草を食む広い牧場が広がっています。
【第五層】
さらに、ダイダロスがアリアドネ（ディオニュソスの妻）のために作ったのと同じような踊り場に花輪を頭に巻いた娘たちが踊っています。
そして、ヘパイストスは、頑丈に作られた一番外側にはとうとうと流れる大河オケアノスを描きました。
見事としか言いようがないこの盾は、ほとんどが黄金と銀と錫で作られています。この重い盾を扱えるのはアキレウスしかいません。次に、神は次々に胸当て、兜、前立て、脛当て全ての武具を用意しました。
テティスは、燦然と輝く武具を受け取ると、オリュンポスを下っていきました。
〈アキレウスの盾と図面〉
