ダヴィッド〈パトロクロスの葬送〉
【イリアス 第23歌】
アキレウスの凱旋
トロイアの市民が悲嘆にくれている中、アキレウスはヘクトルを戦車につないだまま自陣に帰ってきました。アキレウスとミュルミドネス勢は慟哭しながら、パトロクロスの遺体の周りを三度回ります。アキレウスの母テティスもその場にいました。
「パトロクロスよ、冥王の館にあっても機嫌よく暮らしてくれ。ヘクトルは討ち取った。また、トロイアの12人の立派な若者の首も、そなたを焼く火の前で首を切ろう」
その後、アガメムノンは、アキレウスに浴びた血と砂ぼこりを落とすよう促したが、彼は拒みました。
「パトロクロスを火葬にし、墓を築いて髪を切って弔うまでは湯水を浴びることはない。アガメムノンよ、明日になったら、葬儀の一式を揃えてもらいたい。今はまだ食事をする気も起こらないが、みなと食事を取ろう」
一同は、食卓の席に着きました。
パトロクロスの亡霊
食事をとると、さすがのアキレウスも今日の戦いの疲れが出て、うとうとしはじめました。すると、パトロクロスの亡霊が現れ、彼に語りかけます。
「アキレウスよ、私を忘れたのか。一刻も早く冥府の門をくぐれるよう、弔ってくれ。さもないと、亡霊たちが私を受け入れてくれないのだ。それから一つお願いがある、私の骨は、いずれ死ぬあなたの骨と一緒の壺に納めてもらいたい」
「友よ、なぜそのようなことを言う。そなたの言う通りすべて執りおこなう。さあ、近くに来て語り明かそう」
そう言うと、アキレウスは手を伸ばしましたが、パトロクロスの亡霊は地下に消えていきました。
〈トロイアの若者12人の首をはねる〉
パトロクロスの葬儀
明け方になると、葬儀の準備はイドメネウスの従士メリオネスにより行なわれました。葬儀の場所は、いずれアキレウスがパトロクロスと一緒に入るであろう塚を築く海辺です。
薪を高く積みあげ、その上に遺体を寝かします。牛と羊の皮を剥いで、その脂身で遺体を包みます。動物の死骸が彼の周りにおかれます。さらに、馬4頭も並べられます。パトロクロスが生前飼っていた9匹のうち2匹の犬も積みあげた薪の中へ投げ入れます。
そして、積まれた薪の前で、トロイアの12人の若者の首も切り裂かれました。それから、火をつけましたが、火は燃え上がりません。アキレウスは北風と西風に生贄を約束し、酒を献じました。
これを聞いた虹の神イリスは、すぐさま風神の館に行きます。風神は女神を館の中に招き座るよう促しましたが、女神は入ることは拒みました。
「座るわけにはまいりません。今アキレウスが生贄を約束し、パトロクロスを焼く薪を早く燃え上がらせて欲しいと願っています」
そう告げると、イリスは立ち去りました。北風と西風はすぐさま海岸に飛んでいくと、すさまじい風を起こします。火はたちまち燃え上がります。アキレウスは燃え上がる火の周りを歩き、悲嘆にくれ呻き声を漏らしました。
一方、ヘクトルの遺体は、アフロディテにより腐らぬよう香油を塗られ、アポロンによって鳥や野犬に食いちぎられることはありません。
〈古代オリンピックの想像図〉
パトロクロスの葬送競技(オリンピックの起源)
しばらくして、薪も燃え尽くし、パトロクロスの骨は集められ、黄金の壺に入れられました。その後、アキレウスはギリシャ勢を引き止め、競技会を催したのです。賞品として、自分の船陣からたくさんの財宝と美しい女たちを連れてこさせました。
第一の競技「戦車競争」
「馬と戦車に自信のあるものは、誰でも競技に参加してもらいたい」
エウメロス、ディオメデス、メネラオス、アンティロコス、メリオネスの五人が名乗りをあげました。
エウメロスの馬はアポロンが育てたこともあり、アポロンはエウメロスに迫ってきたディオメデスの鞭をはたき落としました。このことに気づいたアテナが鞭をディオメデスに渡し、馬にも力を与えました。結果、ディオメデスが勝利を手にしました。
第二の競技「拳闘」
「力優れた二人に、しっかり身構え拳で打ち合ってもらいたい」
エイペイオスの勝利。彼の一撃がエウリュアロスの頬を打つと、もはや立ってはいられません。
第三の競技「角技」
大アイアスvsオデュッセウス。二人の戦いは壮絶で、二人とも足を絡ませ、最後は二人とも倒れてしまいました。もはや、これまでとアキレウスは二人を止めます。
「二人とも、もうへとへとになるまで戦うのはやめた方がよい。賞品は両者同じものを受け取ってもらいたい」
第四の競技「徒競走」
オイレウスの子、俊足の小アイアスに続いてオデュッセウス、その後を若手の中で一番のアンティロコスが追っています。オデュッセウスは、競技の終盤にアテナに祈願しました。
「女神よ、どうか私の足に力を授けてください」
すると、アテナの妨害で、小アイアスが足を滑らせ砂につっぷしました。結果、オデュッセウスの勝利。小アイアスはこう苦言を呈しました。
「確かに、ある女神がわしの足を取られたのだ。いつもオデュッセウスに母親のようについている女神だよ」
最下位のアンティロコスもからかいます。
「みなさん、もうご存知のように、どうも神々は年配の人々を大切にするようですな。小アイアスは私より少し上ですが、オデュッセウスを指すと、こちらの方は我らの前の世代、青いお年寄りです」
第五の競技「槍試合」
アキレウスは、パトロクロスに討たれたトロイアの勇将サルペドンの武具を賞品にして、完全武装の槍試合を宣言しました。
大アイアスvsディオメデス。二人は三たび躍りかかりました。その後ディオメデスが大アイアスの首を狙っているのを見て、ギリシャ勢は大アイアスの身を案じ、試合を止めさせました。アキレウスはディオメデスが優勢だったと、彼に賞品を渡しました。
第六の競技「鉄の塊」(円盤投?)
参加者はポリュポイテス、レオンテウス、大アイアス、エポイオスの4人。エペイオスは笑われるほどの距離しか投げられず、レオンテウスと大アイアスはエペイオスよりはるかに遠くへ投げました。しかし、最後にポリュポイテスが上回り勝利しました。
第七の競技「弓」
船の帆柱にひもで足を結わいた鳩が的。弓の名手テウクロスが真っ先に名乗りをあげます。次にメリオネス。まず、くじ引きでテウクロスが矢を放ちます。しかし、鳩には当たらず、ひもを射抜きました。鳩は空に舞い上がります。ギリシャ随一の弓の名手テウクロスがなぜ的を外したかというと、弓の神アポロンに羊の捧げ物を約束しなかったからです。今度はテウクロスから弓をひったくると、メリオネスはまずアポロンに初子の羊の捧げ物を約束し、矢を放つます。すると、空中高く飛んでいた鳩に見事命中。もちろん。アポロンの加護があってのことです。
第八の競技「槍投げ」
賞品は槍と釜。総大将アガメムノンとメリオネスが立ち上がりましが、アキレウスは宣言しました。
「アトレウスの子アガメムノンよ。あなたがいかに万人に優れ、力と投げ技に秀でているかみな承知している。どうか、賞品を受け取ってもらいたい。メリオネスにも槍を与えるつもりでいる」
アガメムノンにも依存はなく、受け取った賞品の槍をメリオネスに与えました。ここにアキレウスとアガメムノンの和解が成就したのです。