〈テレマコスとメントル〉
【オデュッセイア 第1歌 後編】
女神アテナとオデュッセウスの息子テレマコス
騒々しい求婚者の声や姿が見えない場所に客人メンテス(女神アテナ)を招いたテレマコス。
「ようこそ、他国の方。
お持てなしをいたしますので、食卓におつきください。
それから、ご用件をうかがいましょう」
女中が肉を盛った皿と酒杯を置くと、テレマコスはつい本音を口にします。
「客人にこんなことを申し上げるのも気がひけるのですが......。
ご覧のあの者たちは、館の主が死んだものとして私の母に求婚して集まっているのです。丁重な求婚ならよいのですが、ご覧の通り毎日わが家の食事にありついている有様。
ところで、あなた様はどちらのどなた様でしょうか」
タポスのメンテスに姿を変えた女神アテナは、かつてオデュッセウスとその父ラエルテス(テレマコスの祖父)との親交を話します。
オデュッセウスについては、生きていると確信している。何らかの窮状に陥っていても、きっと抜け出す手段を考えているに違いない。そして、目の前の求婚者たちの飲食のありさまの酷さにもあきれていると。
テレマコスも、父が帰ってこないためにこのような有様になっていること、いずれ自分も殺されるのではないかと女神に話します。
女神アテナの照れ間コスへの助言
「あなたは船を用意し、信頼できる人も20人集め、オデュッセウス殿の消息を訪ねに出発しなさい。ピュロスのネストールとスパルタのメネラオスを。もし、オデュッセウス殿の死が判明したなら、イタケに帰って墓をおたてなさい。母上には再婚をすすめなさい。
その後、求婚者どもと決着をつけなさい。謀りごとにせよ、正々堂々戦うにせよ。噂は聞いておろう、かのアガメムノンを殺したアイギストスと姦婦である実の母親クリュタイムメストラを討ち果たしたオレステスのことは」
同情している女神アテナは、
「彼らを罰するのは神々の決断によります。が、わたしはおすすめします。いかに求婚者たちを屋敷から追い払うか、試案なされませ。明日集会を開き、神々のもとで次のことを一同にお告げなさい。
求婚者は屋敷から解散し、自分の家に帰ること。
母上には再婚の意志があるなら、実家に帰るよう。実家なら娘にふさわしい婚礼の準備もしてくれます」
女神アテナはこう告げると、テレマコスが引き止めたに関わらす、屋敷を後にしました。その時、女神はテレマコスに力と勇気を吹き込んだのです。
決然と宣言するテレマコス vs 求婚者たち
「母に求婚している方々全員、明日の集会に出てもらいたい。また、今後は我が屋敷ではなく、各自の屋敷で順番に宴会を開いてもらいたい。しかし、まだ我が屋敷で無償の飲食をしたいのであれば、私にも考えがある」
求婚者たちは、今までのテレマコスではないことに驚きを隠せません。
しかし、求婚者たちの中心人物アンティノウスが発言しました。
「テレマコスよ、大胆不敵なその公言、どこぞの神にでもそそのかされたか。願わくば、そなたがイタケとこの屋敷を継ぐことがないように」
もう一人の求婚者たちの中心人物エウリュマコスも発言します。
「テレマコスよ、そなたがこのイタケを取り仕切るが良かろう。ただ、どこぞの誰かに奪われぬことを祈るぞ。ところで、さっきの客人のことについて教えてもらおう。どこか身分の高い人のようであったが、またお父上の帰国について、なにか知らせを持ってきてくれたのか」
「エウリュマコスよ、父の帰国の望みはもはやない。どこからか情報が入ろうとも、もはや私は信じない。かの客は父の代からの知り合いで、タポスのメンテスと名乗っていた」
そう言うテレマコスは、今やメンテスが女神であったと悟っていました。
その後、しばらく飲み食いしていた求婚者たちは、夕闇が迫ってくると自分の家に帰っていきました。
一方、テレマコスは、老女エウリュクレイアの世話をうけてから寝室にはいりました。この老女は、祖父ラエルテスが買い取った女であり、テレマコスの乳母でもありました。後のことになりますが、帰ってきたオデュッセウスに初めに気付いたのは、この老女エウリュクレイアです。