1話5分で読めるギリシャ神話

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ウェルトゥムヌスとポーモーナ

ウェルトゥムヌスとポーモーナ
アブラハム・ブルーマールト〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉

ポーモーナは、果樹の園とその栽培を愛するニンフ。ですので、彼女の手にはいつも果樹を手入れする刈り込み刀が握られています。その上、彼女は恋にはいっさい関心がありません。サチュロス、パーン、あのシルウァヌス老人(荒野と森の神)までもが、その持ちもの全てを彼女にあたえても、自分のものにしたいと思っていました。

なかでも、ウェルトゥムヌス(季節の神)は誰よりも彼女を愛したのです。ある時は果樹の剪定師に化けたり、羊飼いに化けたりして、彼女の果樹園を訪ては、ポーモーナの姿を眺めるだけで、熱い思いを慰めていました。

ある日、とうとう我慢できなくなり、老婆に化けて、ポーモーナを訪ねました。
「とてもみごとなできばえですね、お嬢さん」
そして、いきなり彼女に接吻しました。それは挨拶というより、はるかに熱のこもった接吻でした。

フランチェスコ・メルツィ〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉
フランチェスコ・メルツィ〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉

二人の前には大きな楡の木があり、たわわに実をつけたブドウのつるが巻き付いていました。それを見て、老婆はいいました。

「この楡の木は、ブドウのつるがないとなんの役に立つのでしょう。また、楡の木がなければ、ブドウの木は地べたをはい回るだけで、その実は土についたまま腐ってしまいます。お嬢さん、この楡の木とブドウから教訓をえて、ずっと独り身でいるよりは、良き相手を捜してみてはいかが。

「お嬢さんに相応しい神様を知っています。私が仕えている季節の神ウェルトゥムヌス様です。彼は手当たり次第に女を口説くような神ではありません。お嬢さんと同じように、とても果樹の栽培が得意です。そして、なによりもお嬢さんのことを愛していらっしゃいます。

「あの方を哀れと思ってやってくだされ。この私が言っていることはウェルトゥムヌス様の言葉と思ってくだされ。あの女神アフロディーテ様も、無情な心をお憎みなさいます。

「キュプロス島で実際にあったお話をひとつお聞かせしましょう。
イーピスという貧しい若者が、旧家の娘アナクサレテーに恋をしました。彼女に哀願したり、誓いの言葉をしたためたり、花束を門にかけたりしました。また、彼女の乳母や召使いにも取りなしてくれるようお願いしたりしました。

しかし、彼女は彼に応えることはなく、心は岩のごとく固く冷たかったのです。彼をあざけり、笑い者にし、ひとかけらも情けをかけませんでした。

ついに彼は耐えられなくなり、死を決意しました。
「アナクサレテーよ、あなたは勝ちました。私は死にます。石のような心よ、喜ぶがいい。もう、あなたに煩わしい思いをさせません。おお、神々よ、どうか、私が人々の記憶に残りますように」

「イーピスはアナクサレテーの門柱に縄をかけると、言いました。
『せめてこの花輪なら、あなたも喜ぶだろう。つれない乙女よ』
彼は、首を吊って死にました。彼女の召使いが、たった一人の肉親である母親に亡骸を届けました。母親は息子を抱きしめ、苦悶の声をはり上げ、いつまでも泣き伏していたということです。

「彼の葬儀がとり行われることになり、その葬列はアナクサレテーの家の前を通ります。
『この悲しそうな行列を見てやりましょう』
彼女はそう言うと、塔に登っていきました。塔の窓からイーピスの棺を見るか見ないうちに、彼女の目は固くなり、体の中に流れる暖かい血も冷たくなっていきました。そして、後ろによろけると、そのまま動けず石になってしまいました。その石はアフロディーテ様の神殿に今も見せしめとしてあるそうです。

さて、お嬢さんもこういうことを良く考えて、恋人の願いを聞き入れてくだされ」

ウェルトゥムヌスはこう言うと、老婆から本当の美しい姿を現し、ポーモーナの前に立ちました。もう、彼女にお願いする必要ありませんでした。ポーモーナは、すでに彼の説得とその美しい姿に恋をしていました。

ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世
アルチンボルド〈ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世〉