1話5分で読めるギリシャ神話

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第六歌後編:ヘクトルと妻アンドロマケとの別れ

ヘクトルとアンドロマケと子との別れ
カールフリードリッヒ・デッカー〈ヘクトルとアンドロマケと子との別れ〉

イリアス(上)悲しみのクライマックス、それはヘクトルとアンドロマケの別れであった。

(イリアス 第六歌 後編)

へクトル、自分の邸に行く

へクトルが自分の邸へ行くと、妻のアンドロマケはいなかった。そのころ、彼女は子どもを抱かせた侍女と城壁の上で戦況を見守っていた。

ヘクトルは女中に尋ねた。
「アンドロマケはどこにいる。アテネの神殿に行っているのか」
「いえ、奥さまは女神の神殿には参っておりません。ギリシャ軍の勢いが凄まじく、トロイア軍が苦戦しているとお聞きになり、スカイア門の上に行かれました。お子様もご一緒です」

アンドロマケの願い

ヘクトルがスカイア門へ着くと、アンドロマケと子供を抱いた次女も走りよってきた。ヘクトルの子の名はスカマンドリオス(スカマンドロス河による)、別名アステュアナクス(町の主)と言われていた。その子にかける民の期待は大きい。

アンドロマケは、ヘクトルの手をとると、
「あなたはひどいお方、あなたのその勇気が命とりになります。ギリシャ軍が押し寄せてきて、あなたのお命をきっと奪ってしまいます。そうなれば、この子は父無し子、わたしは奴隷の身になります。死んだ方がましです。

わたしには、父も母もありません。父エエティオンはあのアキレウスに殺され、テベの街は跡形もありません。7人いたわたしの兄弟も、みなアキレウスに打ち取られました。母は他の戦利品と一緒に連れていかれましたが、莫大な身代金と引き換えられ、故郷に帰りました。が、既に亡くなっています。

どうか、ヘクトル、あなたはここに留まっていてください。この子を孤児に、わたしを寡婦にしないでください」

ヘクトル、トロイアの滅びる日を思う

「アンドロマケよ、ここに留まることはできぬ。父上の輝かしい名誉と自分の名誉のため、わたしは常にトロイア軍の先頭に立って戦わなければならぬ。いずれ、トロイアが滅びる日はくる。その時、父プリアモス王と兄弟たちは砂塵の中にはてるであろう。

また、母ヘカベやそなたは自由の日を奪われ、泣きながらギリシャへひかれていく。その悲しみを思うと...。ギリシャの民はこう言うであろう。
「布を織り、水汲みをしているあの奴隷が、あの勇敢なヘクトルの妻であるぞ。アンドロマケよ、私はそなたが曳かれながら泣き叫ぶ声を聞くより前に、死んで盛り土の下に埋められたい」
アンドロマケとヘクトルの会話は、行く末を知っているかのようであった。

ヘクトルとアンドロマケと子との別れ

ヘクトルがわが子に手を差し伸べると、子は父の青銅の甲冑姿に怖がり泣いて顔を背ける。そんなわが子を見ると、夫婦はお互い笑みを浮かべあった。ヘクトルは兜を脱ぐと、わが子を抱いて口づけをする。そして、ゼウスはじめ神々に祈って言うには、
「ゼウス並びに他の神々よ、どうかこの子も武運勇ましく、トロイアを治めることができますように」
わが子を涙ぐむ妻に渡したヘクトルは、さらに
「人間には、定まった運命を逃れられぬ。さあ、そなたは家へ帰り家事をしてくれ、戦いは私に任せておけばよい」

ヘクトルが兜を取り上げると、アンドロマケは涙を流しつつ何度も何度もふり返りながら家路に向かった。彼女は屋敷に帰ると、侍女たちと一緒にヘクトルがあたかも死んだかのように嘆き悲しんだ。ギリシャ軍の猛威の前には、とても生きて帰ってくるとは信じられなかったから。

ヘクトルとパリス、戦いに行く

このころになって、武具をつけたパリスもヘクトルの元へやってきた。
「兄上、遅くなってすまぬ」
「お前はもともと勇敢なのだから、戦場で戦う姿を見せれば良いのだ。そうすれば、みなも納得する。お前は、自分でダラダラして、やる気を起こさない。トロイアの人がお前の悪口を言うの聞くたびに、わたしは歯がゆくてならぬ。みんな、お前にために大変な苦労をしているのだから。
さあ、ギリシャ軍を撃退しよう。
そして、神々の前に祝い酒を供えられるよう。ゼウスが許されるならば」

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