1話5分で読めるギリシャ神話

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第十二歌:防壁をめぐる戦い

鷲と赤い大蛇
〈イメージ〉

(イリアス 第十二歌)

防壁に迫るトロイア軍

トロイア軍はギリシャ船団の防壁の前の濠まで迫ってきていた。濠の両側には、先の尖った杭がびっしり打ちつけられていた。

プリュダマスがヘクトルに提言した。
「ヘクトルよ、将軍たちよ、この濠は馬や戦車で渡るのは無謀というもの。われらは徒歩となり、全軍一同ヘクトルについて行こう」
その提言に、真っ先にヘクトルは戦車から飛び降りると、アイネイアス、サルペドンと名だたる武将がみな同じように戦車から飛び降りた。

巨漢アシオスの死

ただ一人ヒュルタコスの子アシオスのみ戦車から降りなかった。そして、彼は船陣の左翼にむかっていた。ここには、ラピタイ族の豪勇ポリュポイテスとレオンテウスが立ちはだかっている。ギリシャ勢は、雨あられと石を投げ落とした。対して、トロイア勢は無数の弓矢を射かける。が、石はトロイア勢の兜と楯を打ち砕いていった。

アシオスは悲痛な声をあげて、自分の腿を叩いた。
「父神ゼウスよ、あなたは嘘をつくのがお好きなことがよくわかった。ギリシャ勢がこれほどまでにわれらの猛攻を防ぐとは思わなかった。わずか二人の軍でありながら、撃つか撃たれるかするまで、一歩も退かぬ気でいるとは」
ヘクトルのことしか頭にないゼウスは、アシオスの言葉など聞いてはいなかった。アシオスは、いずれイドメネウスの槍で命を落とすことになる。(第十三歌でアシオスの死が語られる)

赤い大蛇をつかんだ一羽の大鷲

一方、プリュダマスとヘクトルは、防壁を破り、船に火と放とうと意気込んでいると、一羽の大鷲が赤い大蛇を爪でつかんで飛んでいった。蛇はまだ諦めてはいず、鎌首をもちあげると鷲の胸と首を打ち付けた。鷲は痛みに大蛇をはなすと、大蛇は両軍の真ん中に落ちた。

「これは、何らかのゼウスの前兆」と、兵士たちは身震いした。

プリュダマスがヘクトルに近づいて
「ヘクトルよ、あなたはいつも私の提言に反対する。いかにも、一市民の分際で、あなたの意見に逆らうことはできない。ただ、鷲と大蛇を見たからには、今は戦いを止めたらと考える。鷲は赤蛇を巣に持ち帰えり、ヒナに与えることはできなかった。われらトロイア軍も、たとえ防壁を破ることはできても、多数の兵士の死は免れないだろう。どんな預言者もそう解くに違いない」

ヘクトルはプリュダマスをにらみながら、
「わしは気に入らぬ。そなたの頭は狂ったか。ゼウスはわしに約束された。それを忘れよと言うか。鷲が東から闇の西に向かって飛ぼうが、わしは気に止めはせぬ。そなたは戦わず、単独で引き上げるのも勝手だ。ただ、他の兵士をそそのかせ、引き上げさせようとすれば、わしの槍に撃たれて命を失うことになる」
こう言うと、ヘクトルは防壁目指して進み、多数の者が歓声をあげながら後に従った。ゼウスはイデの山から疾風を起こし、ヘクトルに加勢して船陣に砂を吹きかけた。

防壁をめぐる戦い

大アイアスと小アイアスがギリシャ軍を叱咤激励し、トロイア軍も一歩も引かず、激しい戦いになった。ゼウスは自分の子サルペドンを防壁を破るために遣わした。サルペドンは、あのエウロペの子である。彼は、同郷の武将に声をかけた。
「グラウコスよ、我らがリュキエ勢の力を見せつけようではないか。『さすが、リュキエの殿様方は並みのお人ではない』とな」
二人はリュキエの大軍を率いて進んだ。

彼らが向かっていった先は、メネステウスが守っていた。彼は身震いして、両アイアスのところに援軍を頼むよう使者を送る。
「トウテスよ、できれば両アイアスを呼んできてくれ。あの勇猛盛んなリュキエ勢が攻め寄せてきたとな。両アイアスが駄目なら、大アイアスと弓手のテウクロスだけで呼んできてくれ」

テラモンの子である大アイアスと弓の名手テウクロスは、すぐにメネステウスの援護に向かった。そこでは、すでに激しい戦いが始まっていた。攻めるサルペドンとグラウコスのリュキエ勢トロイア軍、防壁を守る大アイアスとテウクロスとメネステウスのギリシャ軍は互角の戦いをしていた。

ゼウスの神意に導かれるヘクトル

ゼウスの神意は、今はヘクトルに手柄を上げさせることである。

「奮起せよ、トロイア軍よ。壁を打ち破り、炎々たる猛火を船にかけよ」
ヘクトルは二人でも梃子でも動かぬ大きな石を持ち上げると(ゼウスが軽くしてやっているのは言うまでもない)、門扉に向かって投げつけた。門扉の板は、破れて四方に飛び散る。すかさず、ヘクトルは防壁の中に躍り込む。

ヘクトルの形相は夜の如く不気味で、青銅の武具は暗く照り輝き、その手には二本の槍を持っていた。ヘクトルが門内に突入すれば、もはや神でさえ防ぎ止めることはできまい。その眼は赤く炎のごとく燃え、トロイア軍に防壁に突入して戦えと命を下していた。

ヘクトル、悲しいかな、絶頂の時である。

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