〈アガメムノンを殺害するクリュタイムネストラ〉
テレマコスは父オデュッセウスの消息を求め、老将ネストルを訪ねます。
ネストルは他の武将たちの帰還状況を語り、アガメムノンが妻とその愛人アイギストスに殺されたこと、息子オレステスが仇を討ったことを伝えます。
アテナはテレマコスを励まし、父の帰還を信じるよう諭します。
その後、ネストルはアガメムノン殺害の背景と、メネラオスが嵐でエジプトに流された経緯を語ります。
翌朝、女神アテナは鷲に姿を変えて姿を消し、ネストルはその神々しさに驚嘆しました。
テレマコスは、ネストルの勧めでスパルタのメネラオス王を訪ねることになり、ネストルの息子と共に旅立ちました。
ネストル、オデュッセウス以外の武将の消息を語る
「アキレウスの息子ネオプトレモス、大アイアスの弟ピロクテテス、イドメネウスも無事に帰還したと聞いておる。総大将のアガメムノンとその弟メネラオスも同様じゃ。だがアガメムノンは、妻の姦夫アイギストスに殺されてしまった。もちろん、息子のオレステスに仇討ちされたことも知っておろう。テレマコスよ、そなたもオレステスのように後世の人々に称えられる存在になってもらいたい」
「ギリシャ人が尊敬してやまぬネストルよ、オレステスは見事に父親の仇を討ちました。後の世にも語り継がれるでしょう。私も、我が館での母への求婚者たち、父が亡き者と決めつけての驕慢と狼藉を、いずれ懲らしめてやりたいと思っています。今はただ、耐え忍ぶしかありませんが」
「そうであったか。だが、いずれ求婚者たちは懲らしめられよう。かつてオデュッセウス殿にあれほどの愛情を公然と注いだ女神アテナ。そのようなことはかつて見たことがなかった。女神が、そなたのことも心にかけてくれると良いのだが」
「たとえ神々のご意志がそうであっても、私にはそのような幸運は訪れぬでしょう」
そのとき、メントルに姿を変えた女神アテナがすかさず口を挟みます。
「テレマコスよ、なんということを言うのか。神というものは、たとえ遠くにいても、いとも簡単に人を助けることができるのだ。アガメムノンのように自らの屋敷で妻と姦夫に殺されるよりは、数々の苦難を経て帰郷するほうが、どれほど良いことか。オデュッセウス殿は、きっと帰ってくる」
アガメムノンを殺したアイギストス
「メントルよ、父の帰国はもはやかなわぬこと。その話はこれまでにしよう。ところでネストル殿、アトレウスの子アガメムノンは、いかにしてアイギストスに殺されたのか、詳しく話していただけぬか。そのとき、弟のメネラオスはどこにおられたのか、などなど」
ネストルは、アイギストスの素性を詳しく語りはじめました。
「アイギストスは、父テュエステスの兄アトレウスに育てられ、父を殺す役目を命じられた。だが、自分が実はテュエステスの子であることを知り、父殺しの罪を避けたのだ。彼はミュケナイに帰ってアトレウスを殺し、王国を父テュエステスのものとした。
その後、アガメムノンが総大将としてトロイア遠征に出た時、アイギストスは妻クリュタイムネストラの情夫となった。
クリュタイムネストラはもともと理性をわきまえた女で、身の回りの世話をする楽人が付き添っていた。アイギストスは、その楽人を無人島に置き去りにしてしまった。
そのころには、すでに彼女を口説き落としていたからな。彼女を自らの屋敷へ連れて行き、その喜びに、神々の祭壇に供物を捧げたのだ」
メネラオス、エジプトへ漂流
「そのころ、我らはメネラオスと共に帰国の途上にあった。アテナイの岬の近辺のことじゃ。メネラオスの優秀な舵取りプロンティスが亡くなってしまい、我らはそのまま航海を続けたが、メネラオスの一行は葬儀を執り行うこととなった。
しばらくしてから出航したのだが、ゼウスの嵐により、エジプトまで流されてしまったのだ。
アイギストスはアガメムノンを殺すと、ミュケナイを七年の間支配した。そして八年目に、オレステスがアイギストスと母クリュタイムネストラを討った。そのころになって、メネラオスはようやくエジプトから帰還したというわけだ」
〈オレステスの母親とアイギスト殺し〉
テレマコス、次はスパルタへ
「されば、テレマコスよ、そなたも求婚者たちに財産を食いつぶされぬうちに帰国せよ。しかし、その前にラケダイモンの居城、メネラオスの元を訪ねるがよい。せがれに案内させよう」
陽は沈み、闇が迫っていました。テレマコスはネストルの勧めで邸に泊まることになりました。アテナは一同の前で鷲の姿に変わり、飛び去りました。驚嘆したネストルはテレマコスに話しました。
「あの方こそ、ゼウスの姫神アテナに違いない」
翌朝になると、ネストルは馬車を用意しました。彼の息子ペイシストラトスとテレマコスは、スパルタのメネラオスのもとへと旅立ちます。