〈雄弁の神(ロギオス)としてのヘルメス像〉
ヘルメスは、ギリシャ神話に登場するオリュンポス十二神の一柱です。ゼウスとマイアの子である彼は、嘘と泥棒の神としてその名を刻まれています。
ヘルメスがどれほど機知に富み、アポロンの50頭の牛を盗み出すか、ゼウスの浮気相手であるイオを救い出すか、ヘルメスのトリッキーな側面を探ってみます。
ヘルメス神とは?
ヘルメスは、ゼウスとマイアの子であり、嘘と泥棒の神として知られています。マイアは巨人アトラスの娘であり、プレイアデス(昴)の長女です。
ゼウスは自分のために、嘘と泥棒の才を持つ神を望みました。妃のヘラに嘘をつき、夜になるとこっそりマイアを訪れました。この行動により、ゼウスは自分の息子にそのような特性が遺伝することを望んだのです。
赤子ヘルメス、アポロンの牛50頭を盗む
赤子のヘルメスは泥棒の才をすぐに発揮し、アポロンの牛50頭を盗みました。牛の行方を隠すためには、後ろ向きに歩かせるという巧妙な策も使いました。
しかし、アポロンは占いの神でした。すぐにヘルメスの仕業だと気付きました。アポロンはヘルメスを見つけると、「牛を返せ、この小僧が!」と問い詰めます。
「生まれたばかりの僕が、50頭もの牛をどうして盗めるの?」と、嘘ぶく赤子のヘルメス。
アポロンはヘルメスをゼウスの前に連れて行きました。「ゼウス様、この赤子は牛50頭を盗んでおきながら、『赤子の自分にできるわけがない』と嘘をつきました」と訴えました。
嘘と泥棒の才があるヘルメスに内心ほくそ笑むゼウス。しかし、ゼウスはアポロンに牛を返すようにと、ヘルメスを戒めました。
ヘルメスは商売や旅人たちの守護神
牛を返してもらったアポロンはまだ納得できず、怒りが収まりませんでした。
そこで、亀の甲羅で作った竪琴を奏で始めたヘルメス。アポロンはその美しい竪琴に魅了され、牛との交換を提案し、ヘルメスを許しました。
また、ヘルメスが葦笛を作ると、アポロンはケーリュケイオンの杖との交換を希望しました。この出来事により、ヘルメスは商売の神としても尊敬されるようになりました。
さらに、ヘルメスは幼少期からあちこち歩き回ったことから、、旅人たちの守護神としても崇められるようになりました。
※ヘルメスが得たケーリュケイオンの杖(上・左)は医術の伝統的なシンボルであるアスクレピオスの杖(上・右)と混同され、保健・医療のシンボルとして用いられてきました。しかし、アスクレピオスの杖は、蛇は一匹だけで翼はありません。
ヘルメスは「アルゴスの殺戮者」と呼ばれる!
ゼウスの妃ヘラが牛のイオ(ゼウスの浮気相手)を100個の目を持つ怪物アルゴスに監視させていた時のことです。ゼウスはヘラに気づかれないようヘルメスを呼び出すと、イオの救出を命じました。
ヘルメスは羊飼いをよそおい、アルゴスに近づきます。長話をしたり、得意の葦笛を吹いたりして、怪物を眠らせようとしたのです。だが、アルゴスの100の目は、すべてが一緒に閉じることはありません。
あげくのはてに「その草の笛は珍しいね。見たこともない、どうしたのかね」と尋ねてきます。
ルーベンス〈ヘラとアルゴス〉
ヘルメスはしかたなく、草の笛の物語を始めました。「シュリンクスという森のニンフがいてね。狩の女神アルテミスと同じように男嫌いで、女神に似て美しくもあったんだ。
ある日、獣神パーンに言いよられて、逃げてとうとう川辺に来てしまった。もう逃げられないと思った彼女はね、どうしたと思う?
わが身を変えてほしいと神に願ったんだ。結果、彼女は草の葦に変わったんだよ。その葦がね、風にゆれ、その茎の空洞が美しい調べを奏でていた。それで、パーンはこの草で笛を作った。それで葦笛は『シュリンクス』と呼ばれるようになったってわけさ」
長話をしていたヘルメスは、アルゴスを見ました。とうとう、その目は100個すべて閉じられていたのです。すかさず、彼は持ってきた剣でその首をたたき落としました。こうして、ヘルメスは「アルゲイポンテース(アルゴスの殺戮者)」と呼ばれるようになりました。
ヘラはアルゴスを哀れに思い、100個の目をお気に入りの孔雀の羽につけました。
ヘルメスが現れる『金の斧、銀の斧』
『金の斧、銀の斧』西欧版
ある心優しい木こりがうっかり斧を川に落としてしまい、嘆いていました。すると、ヘルメス神(日本では女神)が現れ、川から金の斧を拾ってきて、これが木こりが落としたものか尋ねました。
木こりは正直に「違います」と答えました。次にヘルメス神は銀の斧を拾ってきましたが、木こりはそれも正直に「それも違います」と答えました。
最後にヘルメス神が木こりの斧を拾ってくると、木こりはそれが「自分の斧です」と答えました。ヘルメス神は木こりの正直さに感心し、金の斧と銀の斧も与えました。
まとめ
ヘルメスの嘘と泥棒の神としての一面から、占いや音楽の才能といった多様な特性が浮かび上がります。その誕生からアルゴスの殺戮まで、ヘルメスの冒険譚は神話の中で独自かつエキサイティングなものとなっています。
彼の機知と冒険心、そしてその一方で見せる人間味ある一面は、神話の中で彩り豊かなキャラクターとして描かれています。