〈ゼウスとヘルメスをもてなす老夫婦〉
菩提樹と樫の木のいわれ
プリュギュアの丘の沼のほとりに、大きな菩提樹と樫の木が生えています。そばには、立派な神殿が建っています。この沼には、かつて人がすんでいた村だったのです。
ある夜、大神ゼウスとその子ヘルメスは疲れた旅人をよそおい、この村に一夜の宿を乞いに訪れました。しかし、泊めてくれる村人は見つからず、とうとう、村はずれのみすぼらしい最後の一軒の戸口を叩くことになりました。
「こんな時間にすまないが、我ら二人を泊めてくださらぬか」
「ええ、ようございます。ごらんのように、たいしたお持てなしはできませんが」
バウキスとピレーモーンのもてなし
こうして、ゼウスたちは、貧しい老婆バウキスとその夫ピレーモーンの家に泊まることになったのです。老婆は二人を海藻のクッションの上にシーツを敷いた椅子に座ってもらいました。そして、お湯をわかし、二人の足も洗ってあげました。
夫が庭から新鮮な野菜をとってくると、老婆はベーコンを入れシチューを煮はじめました。テーブルは薬草入りの水で、きれいに拭かれました。オリーブの実と酢漬けのヤマグミの実がのせられ、残り少ないチーズも添えられました。
シチューができ上がると、上等ではありませんが、甕(かめ)からブドウ酒も注がれました。ゼウスたちが食事をする間、夫婦はできる限りお話もし、二人を飽きさせないようにしました。
そうこうしているうちに、夫婦はあることに気づきました。ブドウ酒が少しも減っていないばかりか増えているのです。さらに、香りも良くなってきているのです。そこで、二人の客が神さまであることに気づいたのです。
「神さまとは知らず、こんな粗末な食事をお出ししてすみません。どうぞお許しください」
マーティン〈大洪水〉
最後に残った財産は一羽のガチョウ
ピレーモーンは、家で飼っていた最後の財産ともいうべき一羽のガチョウを料理することにしました。ガチョウはすばしこく、老夫婦はなかなか捕まえることができません。ガチョウはゼウスの足元にかくれました。
ゼウスは、「このガチョウを殺してはならぬ」と告げ、話し始めました。
「我々は神々である。この不遜な村に、天罰を下すためにやってきたのだ。が、最後のチャンスもやろうとしたのだ。一軒、一軒、家を訪ねたが、村人は誰一人、私たちに親切にしてくれなかった。その上、戸口にも出てはこなかった。
そのため、この村を水の底に沈めてしまうことにした。しかし、あなた方二人は助けることにした。私たちの後について丘までくるがよい」
村の水没と神殿の出現
こうして、ゼウスとヘルメスの後について、老夫婦は丘の上にやってきました。すると、村はたちまち水に被われてしまいました。さらには、老夫婦の家の辺りに、大理石と彫刻で飾られた立派な神殿が現れました。
「まれにみる徳の高い老人たちよ、何なりと望みのものを申してみよ」
「それでは、私たちはあの神殿の祭司になり、神さまを死ぬまでお守りしとうございます。そしてまた、この世を去る時には二人同時に去らせてください。お互い相手を弔うという悲しい目にあわずにすむようにしてください」
ゼウスは、二人の願いを聞き入れました。
木になっても見つめ合う老夫婦
数年後、老夫婦は神殿の階段にすわり、語り合っていました。すると、バウキスは夫の身体から木の葉がゆっくり生え出てくるのに気づきました。ピレーモーンも同じように、妻の身体から木の葉が生えてくるのを見ていました。
木の葉は身体を多い、頭を被い、最後には顔も被いはじめました。二人は口が利けるあいだ、別れの言葉をかわしあいました。
「さようなら、愛しい人よ」
二人同時に言いおえた瞬間、木の葉はすっかり二人の顔を隠していました。
沼のほとりの菩提樹と樫の木には、バウキスとピレーモーンのいわれがあったのです。
【旧約聖書「創世記」第19章】
二人の天使がロトを訪れ、その後ソドムとゴモラが破壊されます。
ジェネリ〈バウキスとピレーモーン〉