アローリ〈スキュラとカリュブディス〉
さまよう岩、スキュラとカリュブディスの狭間
キルケは、オデュッセウスに次のような助言を与えていました。
「セイレーンの島を船が通過したら、そなたたちは2つの進路のどちらかを選ばなければなりません。
さまよう岩
切り立った2つの岩の間を通り抜けねばなりません。ゼウスの2羽のハトさえも1羽は必ず通り抜けられない難所。かつて、イアソンのアルゴー船が通り抜けられたのは、女神ヘラの助けがあったからです。
スキュラとカリュブディスの狭間
一方には天にも届く大きな岩壁の中ほどに地獄にも通じる洞窟があり、ここがスキュラの棲家です。腰に六つの犬の頭がぶら下がり、そばを通る船から一度に6人もの人間を食ってしまう怪物です。神に祈るのみで、スキュラと戦う術はありません。
一方の側には、イチジクが繁るそれほど高くない岩壁があります。イチジクの木の根元には、怪物カリュブディスが住んでいます。日に3回凄まじい勢いで海水を飲み込み、吐き出します。
飲み込み時には、その場にけっして近づかないこと。スキュラの岩壁にできるだけ近づいて通り過ぎることです。万が一スキュラに6人の部下がさらわれても嘆かず、全員のことを考えて急いで通り過ぎなさい。
次に美しいトリナキエの島に近づきます。ここには、陽の神ヒュペリオン(ティターン神族)の牛と羊の群れがそれぞれ7つ、1つの群れに50頭ずついます。しかし、決して牛と羊をとらえて食べてはいけません」
スキュラとカリュブディスの狭間
オデュッセウス一行は「さまよう岩」を避けて、「スキュラとカリュブディス」の難所を選びました。
「スキュラと戦う術はありません」とキルケに言われていましたが、オデュッセウスは鎧をつけ槍を持つと、舳先に向かい、戦う準備をしていました。
突如煙りと大波が目に入り、轟々たる響きが聞こえてきました。カリュブディスが海水を飲み込んだのです。すると海底が姿を現し、一行はそれに目をとらわれてしまいました。その隙に、スキュラは6人の部下をさらって棲家に連れていくと、食べはじめました。
部下の断末魔の声は、オデュッセウスたちを恐怖におとしました。一行は悲嘆にくれながらも力一杯漕ぎ続け、なんとかその難所を抜けました。
フュースリー〈スキュラとカリュブディス〉
陽の神ヒュペリオンの島の牛と羊
かなたに見えてきた神の麗しいトリナキエの島に近づくと、オデュッセウスは言いました。
「テーバイの予言者テイレシアスとキルケが助言してくれた『ここは陽の神ヒュペリオンの島。上陸せず通り過ぎて、決して牛と羊に害をなしてはならぬ』と」
「だが、お頭、みんな疲れきっているのだ。しばし、上陸し、夕食をとり、その後出発させてください」
エウリュロコスがこう言うと、部下たちも賛同しました。
「分かった。しかし、決して牛と羊を食べてはならぬ。だが、キルケのくれた食料と酒はたらふく食べるがよい」
夜になると黒雲がひろがり、朝には猛烈な風が吹き荒れ、オデュッセウスたちはそのまま1ヶ月も足止めされてしまいました。その間に食料はつき、一行は凄まじい空腹から魚、鳥、草の根と食べるものは何でも食べました。
オデュッセウスは一人この状況を打開すべく、神に祈る場所を探しに奥地に入っていきました。しばらくすると、眠りに負け森の中で寝入ってしまいました。
飢えに負ける部下たち
その頃、エウリュロコスは仲間たちによからぬ企みを吹き込んでいました。
「飢えで死ぬくらいなら、陽の神の牛を食べよう。イタケに帰ったら、最初に陽の神の社を建て、見事な品を奉納すれば良いのではないか。たとえ神の怒りを買って海の藻くずになろうとも、この島で飢え死にするよりましだ」
仲間たちも背に腹はかえられぬと賛成し、牛を捕らえ、皮をはぎ、焼いて食べはじめました。
オデュッセウスは眠りから覚め戻ってくると、たちこめた肉を焼いた香ばしい臭いに、思わず神に祈っていました。
「父神ゼウスよ、至福なる神々よ、あなたがたは無情にも私を眠らせ、われらを破滅の淵へ陥れてしまった」
ひとり生き延びたオデュッセウス
その頃、陽の神ヒュペリオンはゼウスに直訴していました。
「父神ゼウスよ、ラエルテスが一子オデュッセウスの部下ども、私の牛を殺し食べたあの者どもを罰していただきたい」
「陽の神よ、かの者どもは大海のまっただ中で、雷火を放って粉々に砕いてやろう」
ゼウスは明言。オデュッセウスは、後にこのことを仙女カリュプソから聞きました。
その後、部下たちは6日ほど陽の神の牛を殺して食べていましたが、嵐もやみ出発することになりました。島が見えなくなるほど大海に出た時、ゼウスは凄まじい嵐をおこし雷火を放ち、船は砕けて燃え、部下たちは全員死んでしまいました。
9日目、オデュッセウス一人だけが、仙女カリュプソの島に着いたのです。