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ウェルトゥムヌスとポーモーナブルーマールト〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉

季節の神ウェルトゥムヌスの恋

ポーモーナは、果樹の園とその栽培を愛するニンフ。彼女の手にはいつも果樹を手入れする刈り込み刀が握られています。その上、彼女は恋にはいっさい関心がありません。

サチュロス、パーン、あのシルウァヌス老人(荒野と森の神)までもが、その持ちもの全てを彼女にあたえても、自分のものにしたいと思っていました。

なかでも、季節の神ウェルトゥムヌスは誰よりも彼女を愛したのです。ある時は果樹の剪定師に化けたり、羊飼いに化けたりして、彼女の果樹園をたずねました。ポーモーナの姿を一目眺めるだけで、熱い思いを慰めていたのです。

ある日、とうとう我慢できなくなり、老婆に化けて、ポーモーナを訪ねました。「とてもみごとなできばえですね、お嬢さん」そして、いきなり彼女に接吻したのです。それは挨拶というより、熱のこもった接吻でした。

ポーモーナは呆気にとられましたが、相手は老婆です。そのまま見逃してしまいました。

フランチェスコ・メルツィ〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉メルツィ〈ウェルトゥムヌスとポーモーナ〉

老婆(ウェルトゥムヌス)の説得

二人の前には大きな楡の木があり、たわわに実をつけたブドウのつるが巻き付いていました。それを見て、老婆はいいました。

「この楡の木ですが、ブドウのつるがないとなんの役に立つのでしょうか。また、楡の木がなければ、ブドウの木は地べたをはい回るだけで、その実は土についたまま腐ってしまいます。

お嬢さん、この楡の木とブドウから教訓をえて、ずっと独り身でいるよりは、良き相手を捜してみてはいかがですか。

わたしは、お嬢さんに相応しい神様を知っています。私が仕えている季節の神ウェルトゥムヌス様です。彼は手当たり次第に女を口説くような神ではありません。お嬢さんと同じように、とても果樹の栽培が得意です。そして、なによりもお嬢さんのことを愛していらっしゃいます。

あの方を哀れと思ってやってください。わたしが言っていることはウェルトゥムヌス様の言葉と思ってください。あの女神アフロディテ様も、無情な心をお憎みなさいます」

イーピスとアナクサレテー

老婆はそう言うと、キュプロス島で実際にあったお話を物語りました。

「イーピスという貧しい若者が、旧家の娘アナクサレテーに恋をしました。彼女に哀願したり、誓いの言葉をしたためたり、花束を門にかけたりしました。また、彼女の乳母や召使いにも取りなしてくれるようお願いしました。

しかし、アナクサレテーは彼に応えることはなく、心は岩のごとく固く冷たかったのです。彼をあざけり、笑い者にし、ひとかけらの情けもかけませんでした。

ついに彼は耐えられなくなり、死を決意しました。

『アナクサレテーよ、あなたは勝ちました。私は死にます。石のような心よ、喜ぶがいい。もう、あなたに煩わしい思いをさせません。おお、神よ、どうか、私が人々の記憶に残りますように』

イーピスはアナクサレテーの門柱に縄をかけると、言いました。
『せめてこの花輪なら、あなたも喜ぶだろう。つれない乙女よ』

彼はそう言うと、首を吊って自ら花輪になったのです。彼女の召使いが、母親に亡骸を届けました。母親は息子を抱きしめ、苦悶の声をはり上げ、いつまでも泣き伏していたということです」

アナクサレテー、石になる!

老婆は先を話します。

「彼の葬儀がとり行われることになり、その葬列はアナクサレテーの家の前を通ります。

『この悲しそうな行列を見てやりましょう』
彼女はそう言うと、塔に登りました。塔の窓からイーピスの棺を見るか見ないうちに、彼女の目は固くなり、体の中に流れる暖かい血も冷たくなっていきました。そして、後ろによろけると、そのまま動けず、石になってしまいました。

その石はアフロディテ様の神殿に、今も見せしめとしてあるそうです。さて、お嬢さんもこういうことを良く考えて、恋人の願いを聞き入れてください」

老婆はそう言うと、本当の美しいウェルトゥムヌスの姿を現し、ポーモーナの前に立ちました。もう、彼女にお願いする必要はありませんでした。ポーモーナは、すでに彼の説得とその美しい姿に恋をしていたからです。