〈女神アテーナ〉
ウルカヌス=ヘーパイストス
ミネルウァ=アテーナ
メルクリウス=ヘルメース
ユピテル=ゼウス
※オウィディウス『変身物語』より
Contents
欲張りなアグラウロス
女神ミネルウァは、鍛冶の神ウルカヌスの精が大地に落ちて生まれたエリクトニオスを柳であんだカゴに入れて、「決して開けてはならぬ」と命じ、3人娘にあずけました。
3人娘とは、パンドロソス、アグラウロス、ヘルセ。半身は蛇だったという初代アテーナイ王ケクロプスの娘です。
パンドロソスとヘルセは女神の命令を守りましたが、アグラウロスはそんな2人を臆病者とののしり、カゴを開けてしまいます。
中には、赤子と小さな蛇が入っていました。このことから、女神ミネルウァは、アグラウロスに怒りを覚えていました。
神メルクリウス、ヘルセに一目惚れ
ある日、メルクリウスがアテーナイの上空を飛んでいた時、地上にひときわ美しい乙女を発見しました。ケクロプス王の娘ヘルセです。神は王の館に降り立ち、乙女の部屋の前に立ちました。
右側の扉がパンドロソス、中央がヘルセ、左側がアグラウロスでした。この時、いち早くメルクリウスに気づいたのがアグラウロス。彼女は気後れもせず、神に問いました。
「あなたはどんな神で、何しに来られたのですか?」
メルクリウス、アグラウロスに助力を願う
「私は、ユピテルの使者メルクリウス。私がやってきた目的は、あなたの妹ヘルセだ。恋している私に力をかして欲しい」
アグラウロスは悪賢い目をして、なんということでしょう、神に黄金を約束させ、神をいったん屋敷から追い出してしまいました。
これを見ていた女神ミネルウァは、さらに怒りを膨らませました。アグラウロスは自分の妹ヘルセをダシにし、神から黄金をせしめようとしていたからです。女神は嫉妬の神のすみかへ向かいました。
女神ミネルウァ、嫉妬の神のすみかへ
嫉妬の神のすみかは、陽も射さない谷底にあり、風も吹かない、冷えびえした寒気に包まれ、つねに暗黒の中にあります。男勝りの戦の神でもあるミネルウァも、この家に入ることは許されていません。持っていた槍の先で、ドアを叩きます。
扉が開くと、ミネルウァは目を背けました。嫉妬の神が毒蛇を食らっていたからです。毒蛇を食らって、悪念を養っているのです
食べかけの毒蛇をおくと、ミネルウァを横目で見ます。その美しさに、うめき声をあげ、ため息をつき、しかめ面になりました。顔は蒼白、歯は垢で汚く、舌は毒で濡れています。
嫉妬の神は、他人の悲しみを見るとき以外は決して笑いません。他人の成功は不愉快で、見るとやせ衰えていきます。
「ケクロプスの娘アグラウロスに、必要だから、お前の毒素を移して欲しいのです」
こう嫉妬の神に言い渡すと、女神ミネルウァ(アテーナ)はすぐに飛び去りました。
嫉妬の神、アグラウロスの寝所へ
嫉妬の神は、針のついた鎖を巻いた杖を手にし、黒い雲に身を包みました。嫉妬の神が通り過ぎると、草は枯れ、吐く息は都市や住民をけがします。
嫉妬の神は遠くのアテーナイの都を見ると、悲しい情景が一つもないことに涙がこぼれそうでした。「くそ、みんな幸せそうではないか」
嫉妬の神はアグラウロスの部屋にやってくると、アグラウロスの胸を触り、心臓にトゲトゲのイバラを植え、病を吹き込み、骨と肺に毒をふりかけます。
妹のヘルセ、美しい姿の神メルクリウス、二人の幸せな結婚、それらをみんな誇張させ、吹き込みます。こうして、アグラウロスは苦しみ悶え、悩みに自殺しようともし、厳しい父親に告げ口をしようともして、やせ細っていきます。
アグラウロス、嫉妬のはてに
メルクリウスがやってくると、アグラウロスは扉の前に座り込み中に入るのを拒否。どんなにメルクリウスが説いても、聞き入れません。
「おやめください。あなたを追い払うまで、私はここを動きません」
「よろしい、そういうあなたの言葉を守りましょう」
メルクリウスは杖を振り扉を開けると、アグラウロスは立ち上がろうとしました。
しかし、足はだるくなり、立ち上がれません。膝はこわばり、冷気が爪先まで行きわたり、血管は白くなりました。死が胸に忍び込み、呼吸もできず、アグラウロスは座ったまま嫉妬心に囚われた黒い石像になってしまったのです。