ルーベンス〈カリュドンの猪狩り〉
目次
薪が燃え尽きると、その子も死ぬであろう
メレアグロスは、アルゴー船の遠征に参加した勇者。カリュドンのオイネウス王とその妻アルタイアーの子供です。母はメレアグロスを生む時、運命の三人の女神モイライを見ました。
運命の糸をつむぐこの女神たちは、
「いま炉の中で燃えている薪が燃え尽きると、その子も死ぬであろう」
と予言しました。
母になるアルタイアーはすぐその燃えている薪を取り出すと、火を消し大切に保管しました。そして、アルタイアーの子供メレアグロスは青年になり、りっぱな勇者となりました。
ある日、オイネウス王が神々に生け贄を捧げた時、女神アルテミスだけを忘れてしまいました。
これに憤慨した女神は、カリュドンの地に一頭の大きな猪を送りました。その目は炎のように輝き、その毛は槍のように逆立ち、牙は象のようでした。実りかけた穀物を踏みにじり、ぶどうやオリーブの木を荒らし、羊や牛も蹴散らしてしまいます。
カリュドンの猪退治
オイネウス王はギリシャ中に声をかけて、「猪退治」の勇者を結集しました。
テセウス、イアソン、アキレウスの父となるペーレウス、後にトロイア戦争に参加したネストルなどの勇者が参加してきました。
その中に、アルカディア王イーアソスの娘アタランテーもいました。その輝く美しさと凛々しい姿に、メレアグロスは彼女をたまらなく好きになりました。
ヨルダーンス〈メレアグロスとアタランテー〉
アルテミスと猪
森の中の沼地に、標的の猪はいました。メレアグロスたちはさっそく犬たちをけしかけましたが、犬たちはその牙になぎ倒されてしまいます。イアソンは狩の女神アルテミスに祈り、槍を投げました。
しかし、猪を送ったのがその女神アルテミスだったので命中することだけは許しましたが、刺さる前に槍の先を外してしまいました。このように、猪に傷をつけるのは至難の技だったのです。
そうこうしているうちに、女神アルテミスは飽きてしまい、眠りにつきました。そのため、アタランテーの放った矢が猪の背に命中しました。それは軽い傷でしたが、メレアグロスは驚喜して叫びました。
メレアグロス「アタランテーが第一の殊勲者だ!」
これに反発したアンカイオスは名乗りをあげ、猛然と猪に向かっていきましたが、逆に猪の牙により、殺されてしまいました。テセウスもイアソンも槍を投げましたが、命中はしませんでした。
そして、メレアグロスの第一の槍も外れましたが、第二の槍はみごと腹を刺し貫き、猪を倒すことができたのです。
「ウォー!」と、大歓声がおき、メレアグロスは毛皮を第一の殊勲者としてアタランテーに与えました。
「なんで女なんかが第一の殊勲者なんだ!」
反感を持った男たちは多くいました。メレアグロスの母アルタイアーの弟たちプレークシッポスとトクセウスは特に反対し、アタランテーからその戦利品を奪ってしまいました。
自分が愛した彼女に対するこの侮辱に怒ったメレアグロスは、親族である叔父二人の心臓を剣で突き刺してしまいました。
その頃、母アルタイアーは息子の猪退治に神殿に供物を捧げに行きました。そこに彼女の弟二人の死体が運ばれてきたのです。彼女は泣き叫び、胸をうち、喜びから一瞬で悲しみに転落してしまいました。
母親であり、姉であるアルタイアーが決断した復讐!
〈薪を燃やすアルタイアー〉
兄弟を殺したのが息子メレアグロスであると知ると、今度は悲しみが復讐心に変わりました。アルタイアーはあの運命の薪を取り出してくると、火をおこすよう命じます。
そして、火の中に四度薪をくべようとしましたが、息子への愛がためらわせます。母親としての感情と姉としての感情が争っていました。
「復讐の女神さま、息子の成功の喜びだけでいいものでしょうか。罪には罰をもってあがなわなければなりません。
あぁ〜、私は何をするのだろう!弟たちよ、母としての私の弱さを許しておくれ。あの子のしたことは、死にあたいします。でも、母である私がわが子を殺してもよいのでしょうか?
でも、あの子がこのカリュドンの地で誇らかに生きていている時、弟のあなたたちが黄泉の国をさまよっている......いえいえ、それは決してなりません」
とうとう姉としての感情が打ち勝ち、運命の薪を火の中に投げ入れました。薪は恐ろしい呻きをあげました、いや、あげたように聞こえました。
メレアグロスの体が燃えはじめる!
遠くにいたメレアグロスは体に苦痛を感じると、すぐに体が燃えはじめました。戦いの場ではなく、このような不名誉な死に対して、彼は勇者の誇りから毅然としていました。
しかし、死が近づくと、父の名、兄や優しい姉たちの名、アタランテーの名、そして最後に母親アルタイアーの名を叫び死んでいきました。
アルタイアーは、メレアグロスの命の薪を火に投げ入れた後、わが身を殺めました。また、メレアグロスの姉たちの悲しみは、決して慰められることはありませんでした。
このことを知ると、女神アルテミスは、彼女たちをほろほろ鳥に変えてやりました。