〈エンジェル・オーク〉出典
豊饒の女神デメテルの大きなカシの木
デメテルの森に、天にも届くような大きなカシの木が生えていました。木の精霊ハマドリュアスたちは、いつも木のまわりを、手をつないで踊っていました。
ある日、信仰心のないエリュシクトーンは、召使いたちに命令しました。
「おい、召使いども、この木を切り倒せ」
しかし、女神を敬っている召使たちは、斧を手にしたまま、誰一人その木を切ろうとはしません。エリュシクトーンは召使いから斧を奪うと、斧をふりあげました。
「女神がこの木を愛していようが、この木が女神自身であろうと、わしの邪魔になるなら切り倒すだけだ」
カシの木は怖さで震えあがりました。斧の一撃が加えられると、傷口からは血のような液が流れ出しました。
召使いはみな恐怖にとらわれましたが、中のひとりが勇気を奮い起こしエリュシクトーンに叫びました。
「お止めください、この木は女神様のものです。木の精霊を悲しませてはなりません」
「きさまの信仰心などクソくらえ!これでもくらえ!」
怒ったエリュシクトーンは、斧でその召使いを切り殺してしまいました。
すると、カシの木の中から声がします。
「この木に住んでいる私はデメテル様に愛されているニンフです。死ぬ前におまえに予言します。天罰が必ずくだりますよ」
そう言うと、カシの木は大きな音を立てながら倒れてしまいました。
ビン〈ハマドリュアス〉
山のニンフ、オレイアス
木の精霊であるハマドリュアスたちは、悲しみを胸に女神デメテルに会いに行きました。
「どうか、エリュシクトーンに罰をお与えください」
女神はうなづき、飢餓の女神リーモスに彼を委ねることにしました。女神デメテルは豊饒の神ですので、飢餓の女神リーモスのところへは行けません。『豊饒』と『飢餓』は会ってはならないと、運命の女神が決めていたからです。
そこで、女神デメテルは山のニンフのオレイアスを呼んで命じました。
「氷に閉ざされたステキュアのはずれに不毛の地があります。そこには、『寒気』『恐怖』『戦慄』『飢餓(リーモス)』が住んでいます。
『飢餓』に、エリュシクトーンがどんなに食べてもけっして満たされないように伝えなさい。私の竜の二輪車を使えば、天空を走りすぐに着けます」
そう言うと、女神は二輪車の手綱をオレイアスに渡しました。
飢餓の女神リーモス
リーモスの姿は、髪はもじゃもじゃ、目はくぼみ、唇は白ちゃけ、顔は青白く、皮膚は引きつり、骨が透けて見えるようでした。
その姿にオレイアスは恐ろしくなり、近づくことはできませんでした。が、女神デメテルの伝言だけは叫んで伝えました。さすが飢餓の女神リーモスだけに、オレイアスは離れていても飢えを感じ始めていました。
リーモスはすぐさま飛んで行って、エリュシクトーンの寝室にやってきました。寝ている彼を抱きよせると、体の中にひもじさを吹き込み、終えると不毛の地に帰って行きました。
バウア〈エリュシクトーン、娘を売る〉
飢えたエリュシクトーン、娘を売る
エリュシクトーンは目が覚めると、凄まじい空腹から猛烈に食べ始めました。しかし食べても食べても空腹が満たされることはありません。
こうして、彼は持てる財産のすべてを食べつくしました。残ったものは、もはや娘一人だけになりました。その娘までを奴隷として売ってしまい、その金で買った食物、すべて食べつくしました。それでも、彼のひもじさは消えることはありません。
一方、娘は奴隷になることを拒み、買主から海辺に逃げてくると海神ポセイドンに助けてくれるよう祈りました。海神は、娘を魚釣りの漁師に変えてくれました。
買主が、娘を探しに海辺にやってくると、
「そこの漁師さん(じつは娘)、みすぼらしい服を着た娘を見かけなかったかね。この辺にやってきたはずなんだが」
娘は、おかしさをこらえ、
「そんな娘、見かけなかったな〜。釣りをしてたもんで、分からんかったな〜」
と、答えました。買主はなおもあたりを探していましたが、あきらめて帰っていきました。
娘が帰ってきたのを喜んだエリュシクトーンは、また娘を売りました。その都度、ポセイドンは娘を馬や牛、鳥や鹿に変えて、買主の目をごまかしました。当然、父は帰ってきた娘をまた売ります。
こんな卑劣な手段がなんども続くわけがありません。また、ひもじさが失くなるわけではありません。とうとう、エリュシクトーンは飢えを満たすために自分の手足、体を食べてしまい、最後には自分の唇まで食べて死に至りました。