〈ピロメラをレイプするテーレウス〉
ピロメラの運命の始まり
運命のピロメラを乗せた船が、テーレウスの故郷トラキアに到着しました。しかし、姉プロクネの待つ館にピロメラが行くことはありませんでした。
彼女は太古の森にある羊小屋に、トラキア王テーレウスに連れ込まれたからです。姉の名、父の名、神々の名を叫んでも、男の情欲の前ではなすすべもありません。ピロメラは、何度もテーレウスに犯されたのです。
ピロメラは生きていることさえ不思議に感じるほど、呆然としていました。しばらくして、気をとりもどすと髪をかきむしり、テーレウスに食ってかかりました。
「何たる野蛮人。父の願いも、姉の真心も無視して、私の純潔を奪うなんて。私は、もう姉の恋敵になってしまった。その前に、殺してくれれば良かったのに。そうすれば、汚れなき体で黄泉の国に行けたのに。
私は断じてあなたを許しません。恥になっても、このことを公にいたします。それがダメなら、この森中に響く大きな声で、あなたを断罪いたします。神々もあなたの行為を許すことはないでしょう」
遺体のないピロメラの墓
テーレウスは、ピロメラの言葉に怒りと恐怖を感じました。そして、彼女を後ろ手に縛りあげました。それでも、ピロメラは殺されることをものともせず、首を前に出し、なおも断罪の言葉をしゃべり続けようとしたのです。
テーレウスはピロメラの舌を鉗子ではさみ、引き出すと、剣で切って落としました。そして、あろうことか、またピロメラを犯したのです。
テーレウスは何事もなかったかのように館に帰ると、待ちわびているプロクネに「妻よ、残念なことに、ピロメラは航海の荒波にさらわれてしまった。もう死んでしまったことであろう。私がついていながら申し訳ないことをした」と、涙ながらに語りました。
プロクネは悲しみに暮れながらも、喪服に着替えると、遺体のない墓を建てました。
ピロクネの思いを込めた織物
こうして、一年間が過ぎていきました。
「なんとか、姉さんにことの真相を伝えるには、どうしたら良いのだろう」
兵が見張っている羊小屋に閉じ込められたピロメラは、舌がないので叫んで助けを呼ぶこともできません。しかし、逆境は人に知恵を授けます。
「そうだ、おり布に伝言を縫いつけよう」
ピロメラはおり機に糸をかけ、白地に緋色の文字を織り込んた布をおると、召使の女に身振りで王妃プロクネに持って行くよう頼みました。
何も知らない召使の女は、おり布を王妃プロクネに届けました。王妃はおり物を広げ、妹の悲運を、また自分の悲運をも読みはじめました。
「ウッ!」。あまりの真相に、王妃は言葉を失いました。
しかし、泣き叫ぶわけでもなく口を押さえ、じっと一点を見つめていました。テーレウスの暴力に毅然とした態度をとった妹ピロメラ。まさに彼女と同じ血が流れている姉プロクネ。彼女は、たった一つのことを考えていたのです。
それは「報復」。時は2年目ごとのバッカスの祭りの夜でした。
〈バッコスの祭りに出かけるプロクネ〉