〈アルキノオス王の宮殿〉
パイエケス国に漂着したオデュッセウスは、アルキノオス王のもとで手厚くもてなされ、贈り物とともに帰国の支度が整えられます。
無礼をわびたエウリュアロスからは豪華な太刀が贈られました。別れのとき、ナウシカアは淋しげに見送り、オデュッセウスも深く感謝の言葉を返します。
宴の席で、トロイア陥落の物語が語られると、オデュッセウスは涙をこぼします。その姿を見た王は彼の正体を問います。
オデュッセウスへの贈り物
アルキノオス王は次のように提案しました。
「パイエケス国の評議にたずさわる名だたる十二人の領主よ。わしを含めて十三人で、この客人に贈り物を贈ろうと思う。各自が上衣と肌着、そして黄金一タラントンを持参してもらいたい。
それからエウリュアロスよ、先ほどの無礼な言葉をこの客人に謝り、何か贈り物を渡しなさい」
エウリュアロスは、総青銅製の太刀を贈りました。柄は銀、鞘は象牙で飾られた立派なものです。
日が沈む頃になると、多くの贈り物がアルキノオス王の屋敷に運び込まれました。
オデュッセウスとナウシカアの別れ
妃アレテは大きな箱を持ってきて、オデュッセウスへの贈り物をその中に詰めます。そのあいだに、湯浴み用のお湯も沸かされました。箱はオデュッセウスみずからの手で紐を結び、女中たちは彼を湯浴みに案内します。
湯浴みを終え、オデュッセウスが食事の場へ向かうと、柱の陰からナウシカアが彼を見つめ、静かに別れを告げました。
「お客様、ごきげんよう。国にお帰りになっても、どうかいつか私のことを思い出してください」
その顔は、こらえきれない淋しさをたたえていました。
「ナウシカア姫、あなたは私の命の恩人です。無事に国へ帰ることができたなら、神々と同じように、あなたを崇めたいと思っています」
※以後、ナウシカアは『オデュッセイア』には登場しません。
仲違い?〈オデュッセウスとナウシカア〉
オデュッセウス、トロイアの木馬物語に落涙
食事の席で、オデュッセウスは楽人デモドコスに願い出ます。
「以前に歌ってくれたトロイア物語はまことに見事であった。まるでその場にいたかのような生々しさであった。今度は趣向を変えて、木馬の場面を歌ってくれぬか。エペイオスがアテナの助けを借りて木馬を作り、私たち将兵がその腹に身をひそめ、ついにはトロイアが陥落するまでの話を」
楽人デモドコスは歌いはじめます。
木馬から出てトロイアの街を破壊してゆくギリシャ勢。オデュッセウスとメネラオスがデイポボスの館に向かい、激しい戦いを挑み、女神アテナの加護により勝利を収めます――
歌が進むにつれて、オデュッセウスは打ちしおれ、頬を涙がぬらしていきました。
アルキノオス王、オデュッセウスの真実を問う
そんなオデュッセウスに気づいたアルキノオス王は、デモドコスの歌を止めさせ、オデュッセウスに問いかけます。
「今の歌は、万人を喜ばせるものではなかったようだ。食事をとり、デモドコスが歌い始めてから今に至るまで、客人は悲しげな呻きをもらし続けている。客人よ、どうかあなたの名と故郷を、隠さず教えていただきたい。
パイエケスの船には舵もなければ、舵取りもいない。船は漕ぎ手の意をくみとり、目的地まで迅速に運ぶのだ。だが先代の王ナウシトオスが、こう予言していた。
『海神ポセイドンは、いかなる客人をも運ぶことを快く思ってはおらぬ。いつの日か、船が客人を送り届けて戻ってくる時、海神がその船を破壊し、パイエケスの国のまわりを巨大な山で囲むであろう』と。
それが果たされるかどうかは、神々の思し召しに委ねるしかあるまい。
だが、あなたがトロイアの物語を聞いて、涙を流し、密かに嘆いていたのはいったい何ゆえなのか?」
こうして、オデュッセウスはついに、自らの正体を明かすことになるのです。