〈アガメムノンを殺害するクリュタイムネストラ〉
ネストル、オデュッセウス以外の武将の消息を語る
「アキレウスの息子ネオプトレモス、大アイアスの弟ピロクテテス、イドメネウスも無事帰ったと聞いている。総大将のアガメムノンと弟メネラオスも。しかし、アガメムノンは妻の姦夫アイギストスに殺されてしまった。もちろん、息子のオレステスに仇討ちされたことも聞いておろう。テレマコスよ、そなたもオレステスと同じように後世の人々に称えられるようになってもらいたい」
「ギリシャ人が尊敬して止まぬネストルよ、オレステスは見事に父親の仇を討ちました。後の世にも歌われましょう。私も、私の館での母への求婚者たち、父が死んだものとしての驕慢と狼藉を懲らしめてやれたらと思います。今は耐え忍ばなければなりませんが」
「そうであったか。だが、いつか求婚者らは懲らしめられよう。かつて、オデュッセウス殿に愛情を公然と注いでいた女神アテナ。女神がそうしたことはかつて見たことはなかった。女神が、そなたのことも心にかけてくれると良いのだが」
「神々のご意志がそうであっても、私にはそうなることはないでしょう」
メントルに姿を変えた女神アテナが、すかさず話します。
「テレマコスよ、なんたることを言うか。神というものは、遠くにいてもいとも簡単に人を助けることができるのだ。アガメムノンのように自分の屋敷で妻と姦夫に殺されるよりは、数々の苦難を経て帰郷した方がどれほどよいことか、オデュッセウス殿はきっと帰ってくる」
アガメムノンを殺したアイギストス
「メントルよ、父の帰国はもうかなわぬこと。その話はもう止めよう。ところで、ネストル殿、アトレウスの子アガメムノンはいかにしてアイギストスに殺されたのか、詳しく話してくださらぬか。その時、弟のメネラオスはどうしておられたのかなどなど」
ネストルは、アイギストスの素性を詳しく話しはじめました。
「アイギストスは父テュエステスの兄アトレウスに育てられ、父を殺害する任務を託された。しかし、自分はテュエステスの子であると知り、父殺しの罪を犯すことを避けたのだ。彼はミュケナイに帰ってアトレウスを殺し、王国を父テュエステスのものとした。
そして、アガメムノンが総大将となりトロイアに出征した時、妻クリュタイムネストラの情夫となったのだ。
クリュタイムネストラはもとは道理をわきまえた女。また、彼女には身の回りの世話をする楽人が付き添っていた。アイギストスは、その楽人を無人島に置き去りにしたのだ。
その頃には、アイギストスもクリュタイムネストラを口説き落としていたからな。彼女を自分の屋敷へ連れて行くと、その喜びで彼は神々の祭壇に供物を捧げた」
メネラオス、エジプトへ漂流
「その頃、我らはメネラオスと共に帰国の途上にあった。アテナイの岬の近辺のこと。メネラオスの優秀な舵取りプロンティスが死んでしまった。我らはそのまま帰途についていたが、メネラオス一行は、葬儀を執り行うことになった。しばらくしてから出航したのであるが、ゼウスの嵐により、エジプトまで流されてしまったのだ。
アイギストスはアガメムノンを殺すと、ミュケナイを7年の間支配した。そして、8年目にオレステスはアイギストスと母クリュタイムネストラを討った。その頃になって、メネラオスはやっとエジプトから戻ったというわけだ」
〈オレステスの母親とアイギスト殺し〉
アテレマコス、次はスパルタへ
「されば、テレマコスよ、そなたも求婚者たちに財産を食いつぶされないうちに帰国せよ。しかし、その前にラケダイモンの居城メネラオスの元を訪ねるが良い。せがれに案内させよう」
陽は沈み、闇が迫っていました。テレマコスはネストルの勧めで邸に泊まることになりました。アテナは一同の前で、鷲の姿になると、飛び去りました。驚嘆したネストルはテレマコスに話しました。
「あの方こそ、ゼウスの姫神アテナに違いない」
翌朝になると、ネストルは馬車を用意しました。彼の息子ペイシストラトスとテレマコスは、スパルタのメネラオスの元へと旅立ちます。