〈アンティゴネ〉
予言者テイレシアスの言葉に反省したクレオン王は、遅ればせながらアンティゴネの解放とポリュネイケスの葬式を認めました。自らアンティゴネを閉じ込めた岩窟に赴くクレオン王。
しかし、間に合わずアンティゴネはすでに首を吊っていました。そばには悲嘆に暮れる王の息子ハイモン。彼は王がやって来ると、彼に斬りかかります。
ソポクレス作『アンティゴネ』④
コロス=テーバイの長老たち
オイディプスの息子=兄ポリュネイケス(アルゴス勢)/弟エテオクレス(元テーバイ王)
コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。
クレオン改心、町の長老の意見に従う
[テーバイ城内の王宮前の広場]
コロス
クレオン王、予言者テイレシアス様はけっして、国に対し、嘘の予言をなさったことはありません。
クレオン
それは心得ている。胸が騒ぐのだが、言い負かされるのは苦々しい。かといって、予言者を殺すわけにもいかない。
コロス
ご賢明に。
クレオン
長老方、言ってくれ、その意見に耳を傾けよう。
コロス
アンティゴネ様を岩窟から解放し、ポリュネイケスを葬ってください。
クレオン
私が負けて、譲るのが道というのか。
コロス
早くそうしてください。神々の禍いは早いものです。
クレオン
天命か、そうする他に方法はないか。
コロス
他人に任せず、さあ早く、ご自身でそうなさるのがよろしいでしょう。
クレオン
すぐに出かけよう。アンティゴネに直々に立ち会い、解放しよう。
(クレオン、従者と共に退場)
アンティゴネとハイモンの死
(報告者A、登場)
報告者A
町の長老方、クレオン王の息子ハイモン様が、亡くなられました。自ら手を染めて。
コロス
ああ、予言者テイレシアスの言葉が現実になってしまった。
(クレオンの妃エウリュディケ、侍女を従え登場)
コロス
お気の毒なハイモン様の母上エウリディケ様が、お出ましになられました。
エウリュディケ
ちょうどアテナ女神にお祈りしようと思っていたところなのです。ああ、扉のそばで家の不幸を耳にしました。もう一度、詳しく話してください。
報告者A
お妃様、見たままをご報告いたします。
王様のご案内をしておりました途中、ポリュネイケス様の亡骸を洗い清めて葬りました。その後、アンティゴネ様が閉じ込められている岩窟に行きました。すると、奥から高い泣き声が聞こえてきました。クレオン王にお伝えすると、急ぎ奥に行ったクレオン様の痛ましい叫び声が聞こえました。
エウリュディケ
ああ、なんという惨めな私か、全く予想していた通りになってしまった!
報告者A
それで、私らが急いで確かめに行くと、アンティゴネ様が首を吊ってぶら下がっているのが見えました。なんと、ハイモン様は娘を抱きしめ、今までのことを嘆いておいででした。そして王様を責めていました。
王はそれを見て取るなり、呼びかけました。
「ああ、不幸な息子よ、なんということをしでかしたか、いったいどのような考えなのだ。どんな禍いがお前の正気を奪ったか。さ、出てこい、息子よ。こう手をついて頼んでいるのだ」
とおっしゃると、ご子息は烈しい眼で睨みつけ、いきなり王様の顔へ唾を吐きかけ、剣を抜いたのです。
しかし、王がすぐに逃げ出しました。ハイモン様は斬りそこなうと、ご自身に腹を立てて、剣を自らの脇腹へ刺しました。それでも、まだ気を失わずに、力ない腕でアンティゴネ様を抱き締められたのです。烈しくあえいで、真白な頬の上に、真紅な血潮が流れました。
(エウリュディケ何も言わず、静かに館に入る)
王の妃エウリュディケの死
コロス
これはまた、不吉なことです。お妃様は何も言わずに館に入ってしまいました。ひどく叫ぶのと同じように、静かなのもまた不吉なものです。
報告者B
では、私が中に入って確かめてきます。
(報告者B、館の中へ)
コロス
クレオン王がやってきました。
(クレオン、上に布をかけたハイモンの棺とともに登場)
クレオン
ああ、息子よ、お前は私の無思慮のために死んでしまった。まだ若いというのに。
コロス
お気の毒です。考え直すのが遅すぎました。
(報告者B、館の中から登場)
報告者B
王様、お妃様がお亡くなりになりました。
クレオン
ああ、黄泉の神よ、どこまで私をやっつけるつもりか。もう死人も同然なこの私に、お前はさらに打撃を加えた。妃はどうして死んだのか。
(扉が開いて、妃の亡骸が現れる)
クレオン
息子の死骸を抱えている私に、もう一つの死骸が。
報告者B
お妃様は剣を取り、最初に名誉の死を遂げられた次男のメガレウス様※を嘆き、次にハイモン様の死を嘆かれました。王様、最後には「息子殺しのため、王に不幸があれ」と呪われ、自害されました。
※メガレウスは『テーバイ攻めの7将』の時、死んだようです。
クレオン
この過ちは、けっして他人に着せることはできない。私が、妃を殺した。なんと罪深い私か。
(クレオン、館の中に退場)
コロス
驕りたかぶる人々の、大言壮語は
やがてはひどい打撃を受けることになってしまった。
その罪を償い終えて
年老いてから思慮を学ぶが習いと。
[終劇]
アンティゴネ[まとめ]
オイディプス王の悲劇はここから始まる!
ギリシャ悲劇『アンティゴネ』は、神の法(ピュシス)と人間の法(ノモス)の対立をテーマにしています。
クレオン王は、テーバイ市を守ったエテオクレスを丁重に葬り、一方で攻めてきたポリュネイケスは野晒しのままにし、葬ったものを罰するという人間の法(ノモス)を布告しました。
しかし、アンティゴネは神の法(ピュシス)に従って、ポリュネイケスを葬ることを選び、その行為によって罰せられます。
息子に咎められたクレオン王は、最初は許さなかったのですが、死んだ者を葬る神の法(ピュシス)に従うことに思い至りました。
しかし、時すでに遅し。アンティゴネとハイモンは死に、クレオン王の妃は息子の死を知ると自ら命を絶ちます。残されたクレオン王は悲嘆にくれます。
ただ一人生き残っているのはアンティゴネの妹イスメネですが、彼女もいずれ殺される運命にあります。
こうして、オイディプス王の親族には、不幸の連鎖が続いたのでした。