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ポリュペモスの眼をつぶすオデュッセウス〈ポリュペモスの眼をつぶすオデュッセウス〉

酔い潰したキュクロプス(ポリュペモス)の一つ目に尖った薪を突き刺すというオデュッセウスの策略は成功します。

また、オデュッセウスは自分の名前を「誰でもない」とキュクロプスに偽りましたので、キュクロプスの言葉『やったのは「誰でもない」だ』は、意味がなくなってしまいます。オデュッセウスの恐るべき知略です。

エウリピデス作キュクロプス』③
コロス(合唱隊)=半人半獣の老人シレノスとサチュロス族
コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。

オデュッセウス、コロスに助力をこう

[エトナ山のふもと。キュクロプスの住居・洞窟の前]

オデュッセウス
さあ、バッコスの僕たちよ。
奴は中に入ったぞ。
もうすぐ眠気を起こして横になるだろう。
洞窟の中には、先を尖らした薪を用意してある。
あとはキュクロプスの眼を焼きつぶすだけだ。
みんな、男らしく頑張ってくれ。
コロスの長
さあ、中に入ってください。親父がひどい目に合わないうちに。こちらの用意はできていますよ。
オデュッセウス
エトナの主ヘパイストス様、一思いに片づけてくださいませ。神の憎まれっ子のあの獣の上に、あらんかぎりの力をもって臨まれますように!
トロイアでの輝かしい武功のあとで、我らがあいつの手にかかって死ぬようなことは断じてあってはならぬこと。

(オデュッセウス、洞窟の中に入っていく)

コロス
ついに光ったあいつの眼を
燃える火がつぶすのだ。
さあぶどう酒よ、(眠るよう)仕事にかかれ!
狂ったキュクロプスの眼玉をえぐり出せ!
酒のたたりを思い知らすのだ。
……、そうは間屋がおろすだろうか?

怖気づくコロスたち

(オデュッセウス、洞窟から出てくる)

オデュッセウス
頼む。静かにしていてくれ。奴の眼玉を焼きつぶすまではな。さ、中に入り、燃え木を持ってくれ!
コロス1(怖気づいて)
わしは戸口にいますから、燃え木からは遠いです。
コロス2(同じく怖気づいて)
たった今、びっこになってしまいました。
コロス3(同じく怖気づいて)
立っていたら、足をくじきました。
オデュッセウス
なんと、立っていて足をくじいた?
コロス4(同じく怖気づいて)
どうも、眼の中に灰かなんかが入りまして、ぼやけています。
オデュッセウス
役には立たぬ臆病な奴らだ!
コロスの長(同じく怖気づいて)
これが臆病というものですかね?
良いことを思いつきました。
オルフェウスの呪いを知っています。自然に燃え木が飛んでいって、眼玉を焼いてくれるという奴です。
オデュッセウス
お前がそんな野郎だとは!前からうすうす気がついていたがな。
部下を頼りにせねばなるまい。まあ、せめて気持ちを上げてくれ。お前たちの掛け声で仲間の勇気が高まれば、もはやそれだけで結構だ。

(オデュッセウス、洞窟の中に入っていく)

眼を潰されるポリュペモス〈眼を潰されるポリュペモス〉

キュクロプス、眼を潰される

コロス
そうだ そうだ 勇しく
突き刺せ 急げ 人食いの
けものの眼玉を焼きつぶせ。
エトナの山に羊を飼う
ー眼を焼きつぶせ。

(洞窟の中から)

キュクロプス
痛い!眼球を焼かれた。
コロスの長
やったね〜、嬉しい叫びだ!

俺を盲目にしたのは「誰でもない」だ?

(キュクロプス、血だらけで洞窟から出てくる)

キュクロプス
痛ったたた! やりやがったな。虫けらめ、誰一人逃さんぞ。洞窟の前で、入り口を手で塞いでやる。
コロスの長
どうかしましたか?ご主人様。酔っ払って、火の中にでも落ちたのですか?
キュクロプス
やったのは「誰でもない」だ。
コロスの長
それなら、誰も悪いことはしなかったわけですな。
キュクロプス
俺を盲目にしたのは「誰でもない」だ。
コロスの長
盲目にしたのが「誰でもない」なら、どうして盲目になれますかな?
キュクロプス
からかうな。「誰でもない」はどこにいる?
くそー、あの旅人にやられたのだ。こう言えばわかるだろう。
コロスの長
あいつですか? 岩の後ろにいます。あなたの右に。
キュクロプス
(岩に頭をぶつけて)悪いことは重なるものだ。
コロスの長
おや、逃げて行きますよ。
キュクロプス
こちらではないな?どこだ?
コロスの長
あちらへ。
キュクロプス
一体どこなのだ? 俺をバカにするな!

オデュッセウスに盲目にされるという昔の神託

(オデュッセウスたちは、遠いところに姿を表す)

オデュッセウス
お〜い、オデュッセウスは健在だぞ。
キュクロプス
何だと、オデュッセウスだと。「誰でもない」とは、嘘の名前を教えたな?
オデュッセウス
父がつけてくれた名前だ。食われた仲間の仕返しをしなければ、トロイアを焼き滅ぼしたことが仇になろう。
キュクロプス
ああ、思い出した。では昔の神託が果たされたのだ!
トロイアから帰ってくるオデュッセウスの手で、盲目にされるというあのお告げが。だが、お前もこの報いを受けると聞いた。長い間、海上をさすらってな。
オデュッセウス
せいぜい、泣き面をかいていろ。お告げ通りにしてやったのだ。さあ、船を出して、懐かしい祖国に帰るとしよう。
キュクロプス
そうはさえぬ。目が見えぬとも、洞窟の反対口から崖の上に上がり、岩を投げつけ、船もろともお前と仲間を打ち砕いてやろう。

(キュクロプス、洞窟の中へ)

コロスの長
さ、我らもオデュッセウス殿の船に乗り、バッカス様を探しに行こう。

[終劇]

ポリュペモス、岩を投げる〈ポリュペモス、岩を投げる〉

キュクロプス[まとめ]

オデュッセウスたちは、ついに焼いた丸太をキュクロプス(ポリュペモス)の一つ目に突き刺します。そして、コロス(サチュロスたち)と一緒に船で逃げます。

キュクロプスは洞窟の反対側の出口から崖に出て、オデュッセウスの船に岩を投げようとします。劇はここで終わりです。

『オデュッセイア』では、ポリュペモスは「俺の目を潰したのは『誰でもない』だ」と仲間のキュクロプスに訴えます。しかし、仲間は「誰でもない」なら、当然犯人を探すこともできません。

このあたりの話は、『オデュッセイア』の方がはるかに面白い。劇ではキュクロプスの仲間は出てきません。劇では、登場人物も背景も限られてしまうからでしょうか?

ところで、ポリュペモスの目を潰したことで、彼の父ポセイドンにオデュッセウスは恨まれ、この後10年間漂流することになります。トロイア戦争の10年間と合わせると20年間、故郷のイタケ島に帰れなかったのです。

しかも、生き残って帰ったのはオデュッセウスただ一人で、部下はすべて死んでしまいました。