〈オイディプスと娘アンティゴネ〉
「死んでも、生きていても、テーバイの民たちは、幸福のためにオイディプスを求めるであろう」
アンティゴネの妹イスメネが、新たな神託を持ってやってきました。
アテナイ王テセウスがオイディプスの庇護を約束しますが、新たな問題—クレオンがオイディプスを連れ戻そうとやってきます。
ソポクレス作『コロノスのオイディプス』②
コロス=アッティカの老人たち
コロスとは?
ギリシャ悲劇における合唱隊で、物語の補足説明や感情の表現を担当します。物語の背景や登場人物の心情を伝え、合唱やダンスを通じて観客に物語の重要な要素を伝えます。
新神託「テーバイの民はオイディプスを求めるであろう」
[アテナイの北西郊外。背後にエウメニデス女神たちの神域の聖森]
イスメネ
「死んでも、生きていても、テーバイの民たちは、幸福のためにお父様を求めるであろう」との神託です。
オイディプス
しかし、おれのような人間がなんの役に立つというのだ。
イスメネ
今こそ、神はお父様を立たせようとなさっています。お父様のお墓をお守りせねば、兄弟には恐ろしいことが起こります。兄たちは二人ともご自分の近くにお父様をおきたいと願っているのです。
今や弟エテオクレスが、兄ポリュネイケスを追い出して王座についています。一方、ポリュネイケスはアルゴス王アドラストスの娘と結婚し、反逆のために仲間を集めています。
オイディプス
おれが戻れば、テーバイのどこかに葬ってくれるというのか?
イスメネ
いいえ、流された血縁の血はそれを許しません。だから、テーバイの城壁の外がお父様のいる場所になってしまいます。
オイディプス
何、それでは、けっしておれを二人の兄弟の自由にはさせぬ。
イスメネ
それでは、お父様のお怒りはテーバイの住民の禍いとなります。それで、クレオン様がこちらに向かっているのです。
オイディプス
おれが国を追われる時、止めようとしなかった二人の兄弟には破滅が訪れることを。
この街の老人たち(コロス)よ、もしおれを助けてくれるならば、この国は大いなる救済者を得ることになろう。
コロス
気の毒なオイディプス。そして、娘さんたち。今は、女神たちへの祓いの儀を行うが良い。
(コロスが教える祓いの儀を、オイディプスの代わりにイスメネが行い、アンティゴネは父のそばに。
それから、オイディプスはコロスの求めるままに、自らの禍い(望んだことではない父の殺害、母との密通)を話します。
〈オイディプスと娘たち〉
アテナイの王テセウス、オイディプスの庇護を約束
(テセウス王、従者と登場)
テセウス
不運なオイディプスよ。何をこの国に、私に求めて来られた。
オイディプス
今はみすぼらしいが、この体を与えるために来たのだ。あなたの国に利益をもたらすためだ。
テセウス
どんな利益をもたらすと言うのか。
オイディプス
おれが世を去り、この体を葬ってくれる時に......。今は、詳しくはまだ言えぬ。
コロス
王よ、このお人は前からこのような約束を果たすつもりだと言っています。
テセウス
ならば、この人をこの国に受け入れよう。そして、お前たちにこの人の守護を命じよう。
(オイディプスに)あるいは、この私と一緒に来たいならばそうしても構わないが。
オイディプス
許されるなら、ここがおれのいる場所だ。
テセウス
ここでどうされるつもりか。
オイディプス
おれの息子たちがおれを連れ去りにやってくる。だから、あなたにここにいてもらいたいのだが。
テセウス
私がいなくても、何人もあなたをここから連れ出すことはさせぬ。
(テセウス、退場)
テーバイのクレオンの暴挙
(クレオン、従者と登場)
クレオン
この土地の人々(コロス)よ、私を恐れることはない。私はオイディプスの血縁だから、テーバイの国中の民に連れ戻すよう言われているのだ。不幸なオイディプスよ、あなたに付いている一人の娘(アンティゴネ)は、物乞いに、夫もなく不幸せに陥っている。
オイディプス
クレオン、いまさら何を言うか。お前の魂胆はわかっている。おれをテーバイの国境に住まわせ、テーバイがこのアテナイからの禍いを逃れようとしているだ。その望みは与えられぬ。いや、これがお前の運命だ。永劫にテーバイに取り付くおれの呪いだ。
クレオン
その返答は、いつかおまえに痛い目として帰ってくるぞ。二人の娘のうち一人(イスメネ)はさっき引っ捕えて送り出した。もう一人(アンティゴネ)も、今連れて行くことになる。
オイディプス
おお、町の人々よ、俺を見捨てようとするのか、この瀆神の輩をこの地から追い払おうとはしないのか。
コロス
立ち去れ、よそ者よ。お前が今していることも、前にしたことも不正な行いだ。
クレオン(従者たちに)
何をぐずぐずしている。早く、この娘を連れて行け。
コロス
よそ者め、何をする。娘を離さないか。お〜い、みんな来てくれ。わしらの国が暴力で犯されている。
オイディプス
わが子よ、どこにいるのだ?
アンティゴネ
無理やり連れて行かれそうです、ああどうしよう。
オイディプス
娘よ、手を取れ。
(従者に連れられ、アンティゴネが退場。クレオンも捨て台詞を言いつつ退場しようとする)
コロス
待て、よそ者。
クレオン
おれに手を出すな。
コロス
娘二人を取られたからには、お前を返すことはできない。
クレオン
ならば、オイディプスも連れて行け。
テセウス、クレオンを阻む
[アテナイの北西郊外。背後にエウメニデス女神たちの神域の聖森]
(オイディプスとコロス、クレオンと罵り合っている。そこへテセウス、従者と登場)
テセウス
この叫び声はどうしたというのだ。何事が起こったのだ。言え、今まで海神の祭壇に生贄を捧げていたこの私に。
オイディプス
おれの二人の娘を連れていった、そこにいるクレオンが。
テセウス
誰か、すみやかに祭壇に行き、供の者たちに二人の娘を追わせるのだ。
(クレオンに)あなたを立ち去らせる訳にはいかぬ。娘たちが戻る前にはな。あなたは、テーバイの国にも、この国アテナイにも不正義を働いたのだ。娘を戻さなければ、あなたを許すことはない。
クレオン
この国の人々が、かの父親殺し、不貞を犯した者に情けをかけるとは思わなかった。だから、娘たちを捉えたのだ。しかし、私や国に呪いをかけなければ、決してしなかったことだ。
オイディプス
おれの行いは、おれが好んでやったことではない。わが古い一族への神々が欲するところだったのだ。クレオンよ、お前に尋ねたい。お前を殺そうとする者が目の前に現れたら、父親かどうか尋ねるか、それともすぐさま反撃するか。
コロス
テセウス王よ、この旅人は立派なお人だ。その運命は破滅そのものだが、救うに値する。
テセウス
もう言葉は十分だ。娘たちを取り戻すのに、この男に道案内してもらおう。
(テセウスと従者、クレオン退場)
→コロノスのオイディプス③ テセウスの国アテナイのために死す!