1話5分で読めるギリシャ神話

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第二十二歌:アキレウス、ヘクトルを討つ。

アキレウスの怒りから始まった『イリアス』最大のクライマックス。アキレウスを不憫に思った母神テティスの願いを聞いたゼウスの神慮は、ここに至って完結します。ここに至るまでのトロイアの勇士ヘクトルの活躍は、ゼウスの手の内で踊らされた操り人形です。自分はいかに優れた武将であるかと有頂天にさせられ、最後には地獄の館に真っ逆さまに落とされるのです。
「パリスの審判」からパリスがヘレネを奪って起こったトロイア戦争。それはアキレウスの両親ペレウスとテティスとの結婚式に始まりました。宴会の席に投げ込まれた黄金のリンゴには「三人の女神の中で一番美しい女神に」と書いてあります。ヘレ、アフロディテ、アテネが名乗りをあげます。
その審判はゼウスがするべきでした。しかし、ゼウスはその審判をパリスにさせました。ゼウスはこの時から、トロイアを滅ぼそうとしていたのだろうか。

アキレウスの凱歌
〈アキレウスの凱歌〉

アキレウス、アポロンに騙される。

アキレウスはアゲノル(アポロン)を、クサントス河まで追いかけた。
「アキレウスよ、なぜ人間の分際で神を追う。トロイア勢は、すでに城門の中に逃げおうせたぞ」
「遠矢の神アポロンよ、騙しましたな。私をこんなところまで誘い出すとは、なんと理不尽なことを。私はもうすぐ死ぬ運命にあるので、仕返しはされないと思われましたか」
そう言うと、アキレウスはトロイアの城門へと疾駆した。

ヘクトル、両親の願いに応えず。

迫ってくるアキレウスを見たトロイア王プリアモスは、城門の中に入らぬヘクトルに言葉をかけた。
「ヘクトルよ、頼むからアキレウスと一人で戦うのはやめてくれ。彼は酷薄非道の男。私の息子たちはすでに何人も殺された。ラオトエが生んだ二人の息子リュカオンとポリュドロスが、まだ帰ってこぬ。すでに、死んでいることだろう。その上、トロイアの希望であるヘクトルよ、お前まで討たれることになれば、トロイアは無残な運命を迎えるだろう」
ヘクトルは、父の声にも城門の中に入ることはなかった。

今度は母ヘカベが胸をはだけ、乳房を出して訴えた。
「わが子ヘクトルよ、そなたの口にあてがったこの乳房を忘れてしまったのか。どうか、母を哀れんでおくれ。そなたが討たれれば、母もそなたの妻アンドロマケもそなたを床に寝かして弔うこともできまい。アキレウスはそれほど無情な男だから」
ヘクトルは、母の声にも動かなかった。

ヘクトルの迷いと逃走

『困ったことになった。アキレウスが戦いに参戦した時、プリュダマスが私に意見した。あの時引き上げていればよかった。だが、私は耳をかさなかった。そのため、多くのトロイア兵を失ってしまった。今や、トロイアの人々に会わす顔もない。もはや、私はアキレウスと一騎打ちをするしかない。
だが、パリスが奪ってきたヘレネとメネラオスの財産を返し、さらにトロイアの財産を半分を差し出すと誓約したらどうだろう......。この後におよんで、私は何を考えているのだ。一刻も早くアキレウスと刃を交わそう。どちらが勝つかは、ゼウスがどう判断なさるかだ」

アキレウスは軍神アレスのごとく疾駆してきた。全身の武具は日輪のように輝いていた。それを見たヘクトルは勇気も消え失せ、思わず逃げ出していた。アキレウスは追いかける。そんな二人を見下ろしていたゼウスは、本音と裏腹のことをつぶやいた。
「はて、どうしたものか。追い回されているヘクトルが哀れでならぬ」
アテネが苛立ち答える。
「もう死ぬ運命が決まっているに人間に対して、なにを仰せられます。死から解放してあげたいなら、お好きなように」
「娘よ、気にせず、そなたの好きにするがよい」
ゼウスがけしかけると、アテネはオリュンポスの山を急いで降りていった。
それを聞いたアポロンは「もはや、これまで」と、ヘクトルの足を軽くしてやっていたのを止め、ヘクトルから離れた。

アテネの策略

アテネはアキレウスに近づいてささやいた。
「アキレウスよ、わたしが一騎打ちの勝負をさせてやろう。アポロンをもう気にすることはない」

アキレウスは走るのを止め、槍を地面に突き刺すとその槍にもたれかけた。アテネはヘクトルの弟デイポボスに姿を変えるとヘクトルに近づいた。
「兄者よ、我らはここで一緒にアキレウスと戦おうではないか」
「おお、デオポボスよ、私のために出てきてくれたか」

ヘクトルとデイポボス(アテネ)はアキレウスに近づくと、ヘクトルがアキレウスに提案した。
「アキレウスよ、どちらが討たれるにせよ、武具を剥ぎ取るのはいいとして、遺体はそれどれの家に返そうではないか」
「そんな取り決めなどしない。今こそ、ヘクトルよ、そなたの槍の腕前を示し面目を保て。もはや、逃げかくれはならぬ。アテネが私の槍でおぬしを倒されるであろう」
こう言うや、アキレウスは槍を投げた。ヘクトルは頭を下げてこれをかわすと、槍は彼の後方の地面に刺さった。アテネはその槍を引き抜くと、ヘクトルには気付かれぬようアキレウスのそばに戻しておいた。

ヘクトルの死

「アキレウスよ、仕損じたな。今度は私の槍を受けてみよ」
ヘクトルが槍を投げると、アキレウスの楯の真ん中に当たったが遠くへはじき返された。ヘクトルは近くにいるはずのデイポボスに代わりの槍を求めたが、デイポボスの姿はそこにはなかった。
『神々は、私の死を決したな。さてはアテネがデイポボスに扮して私をだましたのか。もはや、見苦しい死にざまは避け、華々しく散っていこう』
ヘクトルは、太刀を取りアキレウスに対した。アキレウスは槍を持つと、冷静にヘクトルの武具を見つめた。この武具はかつては自分のものであったが、パトロクロスに貸したものだ。それを今、ヘクトルがつけている。体をほとんどをおおう立派な武具であった。だか、ただ一箇所、体が現れている箇所があった。首だ。アキレウスは正確にヘクトルの喉笛を刺した。ヘクトルは、地面にドーンと仰向けに倒れた。

アキレウスの凱歌

「ヘクトルよ、パトロクロスを倒して安心して、背後に私がいるのを忘れていたか。おぬしの遺体は、野犬や野鳥に食いちぎられる。一方、パトロクロスは丁重に葬られるであろう」
ヘクトルは弱々しいかすれ声で嘆願した。
「アキレウスよ、おぬしの両親にかけて頼む。私の遺体は、トロイアに返してくれ」
「私の両親にかけて哀願するのはやめてくれ。おぬしの両親が莫大な身代金を払おうとそうはならぬ」
「やはり無理であったか。しかし、いずれアポロンの矢がおぬしを討ちとることになろう」
そう言い終えると、ヘクトルは息絶えた。

アキレウスは武具を剥ぎ取ると戦車に乗せた。すると、ギリシャ勢は誰もがヘクトルの遺体に槍や太刀を刺した。その後、アキレウスはヘクトルの両足のくるぶしに穴を開け、紐を通すと戦車にくくりつけ、城門の周りを走り始めた。プリアモス王夫妻、トロイアの市民はみんな嘆き悲しんだ。

卒倒するアンドロマケ
ジョセフ・アビル〈卒倒するアンドロマケ〉

卒倒するアンドロマケ

ヘクトルの妻アンドロマケは自宅にいて、夫の死を知らなかった。が、外のざわめきに不安になり、召使ともども城門を登っていく。そこで見た光景、無残にもアキレウスが戦車で夫を引き回してるのを見ると、気を失ってしまった。しばらくして気がつくと激しく泣き叫んだ。
「ヘクトル、わたしはなんという不幸な女。生まれねばよかった。わたしたちの息子アステュアナクス(「町の守護者」の意)は、どんな不幸な目にあうことだろうか。ああ、ヘクトル」

※トロイア陥落後、アステュアナクス(本名スカマンドリオス)はまだ幼児であったが、城門から投げ落とされた。

アステュアナクス
〈アステュアナクス〉

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