1話5分で読めるギリシャ神話

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アキレウスの怒り

アキレウスの怒り
ミシェル・マーティン・ドローリング〈アキレウスの怒り〉

(イリアス 第一歌 前編)

アキレウスがいない間はトロイア軍が有利に戦いを進め、その後アキレウスが出てきてトロイア軍を撃破する。ゼウスとアキレウスの母テティスの神慮は、アキレウスの名誉を回復させることです。そこに、ゼウスの妃ヘラの嫉妬心がからみ、トロイア戦争はいろいろな曲面を見せていきます。

登場人物(表記は『イリアス』による)

アキレウス............ギリシャ軍一の武将
アガメムノン.........ギリシャ軍総大将
クリュセス............アポロンの祭司
クリュセイス.........クリュセスの娘
プリセイス............アキレウスの愛妾
ネストル...............ギリシャ軍の老将
オデュッセウス......ギリシャ軍の知将
(神々)
アポロン...............弓と音楽の神
テテュス...............アキレウスの母(ネーレイデスの一人)
ゼウス..................神々の王
アテナ..................ゼウスの娘で知恵の神
ヘラ.....................ゼウスの妃
ヘパイストス.........ゼウスとヘラの息子

アポロンの祭司クリュセス、娘のクリュセイスの解放を乞う

父クリュセスは、とらわれた娘クリュセイスの身柄を解放してもらえるよう、たくさんの貢物を持ってギリシャの軍議にやってきました。
「アポロンの神威を考え、どうか娘クリュセイスを自由の身にしてください。さすれば、トロイアも陥落することでしょう」
ギリシャ軍全員は祭司に敬意を表し、アガメムノンに願いを聞いてやるよう叫びました。

しかし、クリュセイスを愛妾にしていた総大将アガメムノンはこの申し出が気にくわず、祭司クリュセスに暴言を浴びせました。
「老いぼれよ、さっさと立ち去れ。無事に家に帰りたければ、わしを怒らすな!」
おびえた老祭司は、引き下がるしかありません。

アポロン、夜の闇のごとく

途方にくれた祭司クリュセスは、アポロン神に祈りました。
「どうか、わたしの願いを叶えてください。あなたの弓矢によって、ギリシャ軍を困らせてください」

アポロンはその願いを聞き入れ、怒りに燃えつつオリュンポス山から駆け降りてきました。怒れる神の矢筒の中で矢がカラカラとなり、降りゆく神の姿は夜の闇のごとくに見えました。アポロンはギリシャ軍に悪疫の矢を放つと、たちまち兵士が山のように死んでいきました。これが、九日間も続いたのです。

占い師カルカス
〈占い師カルカス〉

占い師カルカス

地上で多くのギリシャ軍が死んでいくのを見ていたゼウスの妃ヘラは気遣い、アキレウスをうながして軍議を開かせました。十日目のことです。
「総大将アガメムノンよ、このままでは戦いに勝つどころか、戦わずギリシャに帰国せねばなりません。なにゆえ、アポロン神がお怒りなのか、祭司か占い師に訊ねてみようではありませんか」

アポロンより占卜の術を授かったカルカスが、立ち上がりました。彼こそが、その術によってギリシャ軍をこのトロイアまで導いてきたのです。

「アキレウスよ、アポロンの怒りの原因を解き明かしたら、わしはギリシャの総大将を怒らせてしまう。わしの身の安全を保障してくださるか」
「カルカスよ、安心してアポロンの神慮をのべるがよい。わたしが生きている限り、何人もそなたに手荒な真似はさせぬ。たとえ、総大将であってもだ」

「アポロン神がお怒りなのは、アガメムノンが祭司クリュセスの願いを聞き入れず、恥辱を与えたからだ。もはや身代金もとらず、クリュセイスを自由の身にするしかありません。また、アポロン神にも生贄をささげてください。さすれば、神の怒りもなだめられましょう」

アガメムノンは怒りで立ち上がり、その目は烈火のごとく燃えてあがり、言い放ちました。
「この禍いの預言者め、神の怒りは、わしが娘を返さなかったからというのか!お前は良いことは一度も言わぬ。よかろう、わしとて大切な兵士が死んでいくのは見ておれぬ。クリュセイスは手放したくないが、返そう。だが、その代わりに誰かの戦利品をもらいうけるぞ」

(ギリシャ軍が無風のためアウリスの港を出航できない時、アガメムノンの娘イーピゲネイアを犠牲にするよう言ったのは、このカルカスである)

アキレウスの怒り

アキレウスは、アガメムノンに言い返した。
「あなたは欲深いお人だ。ギリシャ軍の中には、あなたに代わりの戦利品を与えられる者はいない。トロイアを陥落させたら、一番の分け前にあずかるのはあなたですが、さらに多くの戦利品でクリュセイスの分まで償うことでしょう」

「アキレウスよ、そんな言葉には騙されないぞ。自分の分け前は手元において、わしだけが娘を返せというのか。それ相応の分け前をくれなければ、アキレウスそなたか、アイアスか、オデュッセウスの分け前を分捕りに行くぞ。その前に、アポロンへの生け贄もじゅうぶん積んで、オデュッセウスか誰かにクリュセイスをクリュセの地に運ばせよう」

「なんたる厚顔、なんたる強欲な人か!わたしはトロイアにヘレネーを奪った償いをさせようと、参加しただけ。トロイア人になんの恨みもないし、気にも留めていない。
だが、わたしの武力でトロイアの地方の街を滅ぼすたびに、あなたが一番の分け前を取る。わたしはわずかの戦利品を得て、疲れ切って陣屋に帰る。こんな恥辱を受けながら、あなたの富をせっせと増やすつもりはもうない。故郷プティエに帰る」

「お前が豪勇無双だっていうのも、神の授けものにすぎぬ。そうしたければ、脱げて帰るがよい。兵士はたくさんいる。そなたごときは、もはや眼中にない。だが、よく聞いておけ、アポロンの神威だから、クリュセイスは返す。その代わり、そなたの愛妾プリセイスをそなたの陣屋に迎えに行かせる。さすれば、わしといかに身分が違うか悟るであろう。また、他の者にもいい見せしめとなろう」

アテネ降臨

ついに、アキレウスが剣に手をかけようとした時、ゼウスの妃ヘラが遣わしたアテネが舞い降り、後ろから彼の金色の髪をつかみました。その姿は、アキレウスにしか見えません。

「ゼウスの姫君よ、どうしてこんなところに。アガメムノンの非道をご覧になるためでしょうか。その男は己の傲慢のために、今ここで命を落とそうとしています」
「アキレウスよ、できるなら、その腹立ちを収めなさい。ヘラはそなたとアガメムノンを愛しみ、わたしを遣わしたのです。さあ、剣を納めなさい。言葉で罵るのは構いませんが」

「ヘラとあなたのお言葉ならば、従わねばなりません」
アキレウスの言葉に、アテネはオリュンポス山へ帰って行きました。

アキレウスの怒り(ルーベンス)
ルーベンス〈アキレウスの怒り〉