アングル〈アガメムノンの2人の使い〉
老将ネストルの仲介
アキレウスは、アガメムノンに最後に言い放ちます。
「いつの日か、全てのギリシャの兵士の胸に、このアキレウスの不在を嘆く思いが必ず湧き起こるであろう。一騎当千のヘクトルの手にかかり、多くの兵士が殺される時、あなたがいかに心を痛めようとなんの役にも立つまい」
見かねた老将ネストルが間に入ります。
「ああ。情けない! ギリシャの両英雄が争っているのが知れたら、喜ぶのはトロイア軍だけだ」
しかし、アキレウスとアガメムノンは仲違いしたまま、軍議は終了しました。
その後、アガメムノンは二人の使いをアキレウスの陣屋に送ります。アキレウスの命令で、親友でもある部下のパトロクロスは悲しげなブリセイスを使いに引き渡すことになったのです。
アキレウスと母テティス
アキレウスは悶々としていました。そこへ、母テティスが現れました。
「母上よ、もしあなたにその力があるならば、どうか私をお守りください。かつて、ヘラ、ポセイドン、オリュンポスの神々、あのアテナまでもがゼウスを縄にかけた時、ゼウスを助けたのは神々の中で母上お一人であったとか。
その時、あなたは100の手を持つ怪物を呼び寄せ、その縄を解かせ、ゼウスを守らせたとか。そのことをゼウスに思い出させて、お願いくださいませんか」
「ああ、アキレウスよ、この戦争に参加したばかりに短命になり、さらに恥辱まで受けてしまった。お前を産んで育てたのは何のためであったろう。
ゼウス一行は今、オケアノスでエチオピア人の饗宴をお受けになっている、12日後にはお帰りになるから、そなたの名誉を挽回してもらうよう願ってみよう」
そう息子に言うと、テティスは海に帰って行きました。
一方、オデュッセウスがアポロン神に生贄を捧げると、神の怒りは静まりました。その後、オデュッセウスはクリュセイスを父クリュセスの元に送り届けたのです。
テティス、ゼウスにアキレウスの名誉回復を訴える
〈ゼウスとテティス〉イリアスの記述と手が逆?
10日間の遊興からゼウス一行が、オリュンポス山に帰ってきました。
テティスはゼウスの前に現れ、左手を膝に、右手を彼の顎に触れて願いました。
「息子アキレウスは戦利品の愛妾をアガメムノンに奪われ、その仕打ちに名誉を失いました。どうか息子の名誉を救ってやっていただきとうございます。しかるべき償いをして、名誉が回復するまで、トロイア方に力を与えてやっていただきたいのです」
「なんとも厄介な仕事だな、ヘレが何か言ってきそうだ、まずいことになるな。まあ、ここは頷いて見せてやろう、それがわしの与える一番確かな補償の印だ」
ゼウスの暗黙の了解に、テティスは深海の洞窟に帰って行きました。
※顎を引き頷くのがOKの印。顎を上げて、頭をそらすのが、NOの印。
ゼウスとヘラの言い争い
ゼウスは自分の館に帰り、玉座に腰を下ろしました。オリュンポスの神々も周りに集まってきます。
気づいたゼウスの妃ヘラは、ゼウスを責めて言います。
「なにやら、あなたはあのテティスと内密な相談をしていましたね。何を相談していたのですか?」
「ヘラよ、わしの考えをすべて知ろうなどと思うな。いちいち問い詰め、詮索してはならぬ」
「私には、アキレウスの面目を立ててやるために、トロイア勢がギリシャ勢を倒すようテティスに約束されたような気がいたしましたが」
「おかしなことを言うではない。そのようなことを言うと、わしの心はそなたから離れていくばかりだ。もし、わしがそなたに雷を振るおうとして、すべての神々がわしに反旗を翻しても、わしには勝てまい」
ヘラはなす術もなく、煮えくりかえる思いを抑えて、腰を下ろました。
しかし、周囲の神々は黙ったままで、憮然としています。
「辛抱です、母上。たかが人間界のことで、お二人がいがみ合うことはありません。周囲の神々も困るので、父の御心に添われるよう進言します」
ヘパイストスは母ヘラをとりなしてこう言うと、盃を渡しました。ヘラはにっこりとその盃を受け取ります。ヘパイストスは、他の神々にもネクタルを注いで回りました。そのびっこのヘパイストスがひょこひょこ歩くのを見ると、神々が笑い出し、場が和みました。
やがて日も暮れ、宴は終わり、神々はそれぞれの館に帰っていきました。ゼウスが寝所で眠りにつけば、ヘラが添い寝をしました。