〈織った布をほどくペネロペイア〉
テレマコスはアンティノオスに反論し、母を追い出すつもりはないと告げました。
その時、ゼウスは二羽の鷲を飛ばし、集会場の上空で互いに引っ掻き合う様子を見せました。この異変を見たハリテルセスは、災厄が迫っていると予言し、オデュッセウスが生きて帰り求婚者たちを討つことを警告しました。
エウリュマコスはこれを否定し、テレマコスに母を再婚の準備のため実家に帰すよう求めましたが、テレマコスは神々に委ねるとし、快速艇と水夫を求めてピュロスとスパルタへ行く意向を示しました。
イタケ人の集会にて、テレマコスの宣言
朝になると、テレマコスは愛犬二匹を連れてイタケ人の集会に出ました。
「何事か起こったのか! 他国が攻め込んできたのか、それとも誰が招集したのか?」
集会は20年前にオデュッセウスが開いて以来であったため、町の長老の一人が驚きの声を上げました。
テレマコスはすっくと立ち、話し始めました。
「イタケの人々よ、私がこの集会を開きました。父オデュッセウスが死んだものとされ、我が家には母ペネロペイアの求婚者たちが集まっています。
求婚するだけならまだしも、我が家の財産であるヤギやヒツジを焼いて飲食しているのです。
このようなことは、もう止めてもらいたい。各自の家で順番に宴会を開いてもらいたい。私は断固とした処置を取るつもりです。
また、私に快速艇1隻と水夫20人を与えてもらいたい。父の消息を尋ねに、ピュロスとスパルタに行くつもりです」
ペネロペイアの偽りの機織り
求婚者たちの中心人物の一人、アンティノオスが反論しました。
「テレマコスよ、なんたることを言うのか。こうなったのは、そなたの母ペネロペイアの責任だ。彼女が一人一人に手紙を送り、気を持たせたのだ。しかも、心では裏腹なことを考えていたのだ。
大きな機織り機を用意し、こう話していたのだ。
『求婚なさる殿方たちよ、オデュッセウス亡き今、結婚を急いでいるのでしょうが、この着物を織り終えるまで待ってもらいたい。これは舅ラエルテスが亡くなった時のための弔いの衣装なのです』と。
ところが、そなたの母ペネロペイアは昼の間は織っていたが、夜になると織った分だけほどいて時間を稼いでいた。それが3年間も続いた。事情を知っている侍女が我らに教えてくれたのだ。我らはその現場を押さえた。
だから、我らの返事はこうだ。テレマコスよ、そなたの母を実家に帰し、父親ともども良いと思う男に嫁ぐようすすめるのだ。彼女が今の気持ちを変えない限り、そなたの家の財産はいつまでも食いつぶされることになるだろう」
〈ペネロペイアと求婚者たち〉
ゼウス、二羽の鷲を飛ばす
テレマコスはアンティノオスに反論しました。
「母を追い出すことなどできない。また、そうするようすすめもしない。それが気に食わぬのなら、我が家の財産を食いつぶすがよかろう。
しかし、父なるゼウスが報復を成就させてくださるであろう。その時は、そなたたちには死んでもらうことになる」
その時、オリュンポスのゼウスは二羽の鷲を飛ばしました。二羽の鷲は集会場の上空を輪を描いて飛んでいましたが、急降下すると、互いに引っ掻き合いしながら右方向に飛び去りました。
集会にいた人々は、これが何を意味するのか考えあぐねました。
その時、飛翔する鳥占いに長けた老雄ハリテルセスが説明しました。
「求婚者たちは心して聞いてくれ。容易ならぬ災厄が迫っている。
オデュッセウスはすでに生きて帰ってきており、そなたらを誅殺せんとしておられる。そうなれば、我らにも災いが降りかかるかもしれぬ。
だから、イタケの人々よ、求婚者たちを抑える算段を考えようではないか。いや、求婚者たちは己のために自制してもらいたい。
オデュッセウスがトロイアに出征した時に私が予言したことは、ことごとく現実になった。また、すべての僚友を失って20年目に誰にも知られることなく帰国するであろうとも予言した」
決意を示すテレマコス
求婚者たちのもう一人の中心人物、エウリュマコスが反論しました。
「ハリテルセスよ、爺さんは引っ込んでいろ。飛んでいる鳥がすべて予言を担っているわけではない。オデュッセウスはすでに異郷で果てたのだ。テレマコスの怒りに油を注ぐようなことは止めろ。
テレマコスよ、誰かにそそのかされたのか、口だけは達者になったな。
だが、そなたなど恐れるに足らずだ。ペネロペイアが待たせている間に、そなたの財産が食いつぶされるであろう。
我らは、お主の母以外の女など今は追いかけたりはしないからな。母に実家に帰るようすすめろ」
テレマコスはエウリュマコスに言い返しました。
「エウリュマコスよ、もはやそなたたちに頼んだり、論議するつもりはない。この件は神々に委ねよう。
ところで、みなさん、快速艇1隻と水夫20人を用意してもらいたい。ピュロスとスパルタに行こうと思う。父の消息を尋ね、父の死がはっきりしたら帰って葬儀を執り行い、それから母を嫁がせようと思う」