ド・トロワ〈アルテミスとニンフの入浴〉
アルテミスの泉
「もう十分だね。つづきは明日にして、ゆっくりひと休みしよう」
テーバイの創建者カドモス王の孫、若きアクタイオンは今日の鹿狩りの成果をみて、仲間の若者たちに言いました。
この山は、狩猟の処女神アルテミス(ディアナ)に捧げられていました。山の奥には、自然が作り上げた美しい洞くつがあります。その前には澄んだきれいな水がコンコンと湧き出る泉もあります。狩りに疲れると、処女神アルテミスは付き添いのニンフたちとともに、その輝く水を自らの裸体にかけて休むのです。
この日も、処女神アルテミスはニンフたちに囲まれて、泉の水で足を洗ってもらったり、髪をとかしてもらったりしていました。
そこへ、仲間たちとはぐれていたアクタイオンが、やってきました。ニンフたちは大パニックになりながらも、処女神アルテミスのまわりにあつまり、女神の裸体を隠しました。
ティツィアーノ〈ディアナとアクタイオン〉
アルテミスの裸を見たとふれまわるがよい!
処女神アルテミスの顔は、怒りで赤く染まりました。
すると、みるみるアクタイオンの頭にツノが生えてきました。首は伸び、耳はピンと長くなり、手足は細い4本の足となり、全身は斑点のある毛皮で覆われてしまいました。
鹿に変身させられてしまったのです。
「ああ、なんと惨めな姿なんだ!」
泉にうつった我が身を見ると、アクタイオンは情けなくなりました。
しかし、言葉にはならず、うめくだけです。
「王宮に帰ろうか?それともこのまま森の中にとどまろうか?」
ワン!ワン!ワォーン!
そこへ、かつては自分が鹿にけしかけていた犬たちが、吠えながら猛然とやってきました。彼はとっさに逃げ出しました。
「私はアクタイオンだ。お前たちの主人だ、分からないのか!」
と叫びましたが、人間の言葉にはなっていません。
アクタイオンの最後
一匹が背にとびつき、一匹が肩にかみつきました。他の犬たちも、かつての主人の体に牙をめり込ませ、八つ裂きにしてしまいました。
「お〜い、アクタイオン、りっぱな鹿をとらえたぞ!どこにいるんだ?」
アクタイオンはうすれていく意識の中で、仲間の声を聞きましたが、最後の言葉は聞こえませんでした。
かくのごとき生真面目さと過酷さを持ちあわせているのが、処女神アルテミスなのです。