〈狼の皮を身にまとったドルコーン〉
ドルコーン、狼の皮を身にまとう
クロエーを恋するドルコーンは、彼女の育ての親ドリュアースに上等のチーズの手土産をもって、クロエーとの縁談を持ちかけました。耕作用の牛2頭、ミツバチの巣箱4つ、ザクロの苗50株、牡牛の皮を1枚、仔牛を毎年1頭ずつ提供すると言ったのです。
しかし、ドリュアースはクロエーにはもっと良い縁談をと考え、ドルコーンの縁談は断りました。ドルコーンは、もはやクロエーを腕づくで奪うしかないと考えました。
ダフニスとクロエーは、1日交代で家畜を泉へつれて行きます。クロエーの番の時、ドルコーンは狼の皮を身にまとい、クロエーを襲おうとしました。
しかし、番犬たちがドルコーンを本物の狼とまちがい飛びかかりました。犬たちにかまれたドルコーンは大声をあげ、ダフニスとクロエーに助けを求めました。すぐさま、ダフニスは犬をしずめました。
ダフニスとクロエーはドルコーンを泉につれて行き、かまれた肩と腿を洗ってやりました。2人は、ドルコーンが単なる悪ふざけをしたと思ったのです。
ドルコーンと別れた後、ダウニスとクロエーは狼におびえた山羊や羊が色々なところに逃げていたので、集めるのに大変苦労しました。クタクタになった2人はその夜だけは恋の悩みも忘れ、ぐっすりと眠りにつきました。
燕に追われた1匹のセミ
〈クロエーの胸に飛び込むセミを追いかける燕〉
次の日からは、またダフニスとクロエーは自分でもよくわからない恋に苦しめられます。クロエーは泉に入る肌もあらわなダフニスをみて、身も心もとろけます。ダフニスは、クロエーを洞のニンフの1人と思うほど愛おしく思います。
初夏になって、燕に追われた1匹のセミが寝ているクロエーのふところに飛び込みました。追ってきた燕の羽が彼女のほほにふれると、彼女は目を覚まします。
その時、セミが鳴き出しました。このチャンスに、ダフニスはクロエーのふくらんだ胸の中に手を入れ、セミを取り出しました。クロエーは彼の手からセミを受けとると、またふところに入れてやりました。
『パーンと松姫(ピチュス)』の話
ある時、森の数珠掛鳩(ジュズカケバト)が鳴いていました。クロエーがなんと鳴いているのかと、ダフニスに尋ねます。彼は『パーンと松姫(ピチュス)』の話をしました。
「昔あるところに、クロエーみたいな美しい牛飼いの娘がいたの。牛たちは、彼女の歌『パーンと松姫』が大好きだった。
ある日、近くに牛飼いの少年がいてね。彼は歌もうまく、大きな声と甘い声で娘とはりあったから、娘の8頭の牛が彼の牛の群れに入ってしまった。娘はたいそう悲しんで、神様に『鳥に変えてください』とお願いしたの。だから、鳩に変身した娘は『牛を探している』と鳴いているんだって」
〈ドルコーンの死〉
チュロスの海賊とドルコーンの死
夏のある日に、大変な事件が起こりました。チュロスの海賊が襲ってきたのです。海賊は海岸でダフニスを捉えました。また、牛飼いのドルコーンを痛めつけ、その牛たちも奪って船に連れ去ったのです。
クロエーはいつもダフニスより遅い時間に家を出ていたので、災難にあうことはありませんでした。息もたえだえのドルコーンは、彼女を見つけると話しました。
「クロエー、僕はもうすぐ死ぬ。ダフニスを助け、僕の仇をとってくれ。この笛に牛たちは従うので、前にダフニスに教えた笛の節を吹いてくれ。君も教えてもらっていると思う。笛が聞こえれば、牛たちはみんな戻ってくるから。最後に、ぼくが生きている間に接吻してほしい。それから、死んだら泣いてくれるよね。僕のことは忘れないでほしい」
クロエーがドルコーンに接吻すると、彼は息を引き取りました。
海賊から逃げるダフニスと牛たち
クロエーは、牛の笛をできるだけ大きく吹きました。すると、牛たちは船から海に飛び込みます。牛たちは、意外に泳ぎが得意なのです。また、牛たちの移動により、船は大きく傾いて転覆しました。ダフニスと海賊たちも、海の中に落ちます。
ダフニスは夏の軽装でしたので、すぐ裸になると2頭の牛の間に入り、両手でそれぞれの牛の角を持ちました。こうして、楽々と海を進めたのです。一方、海賊たちは武装していたので、その重みで海の中に沈んで死んでしまいました。
ドルコーンの葬儀が終わると、クロエーはダフニスをニンフの洞に連れていき、体を洗ってやりました。この時、彼女は初めて裸になり自分も体を洗いました。肌は白く清らかでした。ダフニスは初めてクロエーのあらわな肌を見たので、恋の苦しみは大きくなるばかりです。
その後、2人は花をつんで花輪をつくり、ニンフの像を飾りました。また、ドルコーンの牛の笛も奉納品として岩壁にかけました。