〈ブドウの収穫〉
ブドウの収穫祭
秋になると、ブドウの収穫でとても忙しくなります。ダフニスはブドウの房を運んだり、クロエーは人々の食事を作ったりします。この間、2人とも山羊や羊の世話はあまりできません。
また、酒神ディオニュソスとブドウ酒の誕生を祝う祭りには、女や男たちが大勢やってきます。女たちはダフニスを美男子だとチヤホヤし、男たちはクロエーにちょっかいを出します。2人には、お互い嫉妬しあう日々が続きます。
ブドウの収穫祭が終り、2人のところに1人の老人が現れました。
フィレータース爺さん
「わしはな、近くに果樹園を持っているフィレータースという。お前さんたちに、わしが見たり聞いたりしたことを教えようと思ってきたのだ。
今日の昼頃のことだ。テンニンカの木陰に、ザクロとテンニンカの実を持った裸の金髪の男の子がいたのじゃ。わしはその子を追いかけたのだが、とてもすばしっこくて捕まえられない。
そこで、『どうして、うちの果実をとるのだ』と聞いたのだ。
その子はケラケラと笑い、美しい声でこう答えたのだ。
『フィレータース爺さん、ぼくは子供のように見えても、あんたより歳をとっているのさ。あなたがアマリュリスに恋をして奥さんにできたのも、ぼくがそうさせたのさ。
ところで、今はダフニスとクロエーの面倒をみている。2人はこの果樹園にきて花や木を楽しみ、泉で水浴びをする。それで、ここの花や木や果実が育っているのだよ。
人間では、あんただけが少年のぼくを見られるのを喜ぶといいのさ』
そう言う子供の肩には羽があり、弓矢を持っていたのだ。それっきり、子供は見えなくなった。お前さんたちは、エロスの特別な加護を受けているのだ」
〈エロスの出現〉
「エロスとは神様なのですか?」
喜んだダフニスとクロエーは、「エロスとは神様なのですか?」と、ダフニスはフィレータース爺さんに聞きました。
「そのとおり、エロスとは神様なのじゃ。美しいものが好きで、人間の心に恋の翼をつけてくださる。
若い頃に恋をすると、食べものも食べられず、飲むものも飲めず、夜は寝られなくなる。心臓がドキドキし、からだに火がついたみたいに熱くなる。川に飛び込んでも、熱さは消えない。恋はどうすることもできないのだ。
接吻したり、抱きあったり、着物を脱いで一緒に寝る以外には、恋(エロス)に効く薬はないということじゃ」
ダフニスとクロエーは、初めて恋(エロス)という言葉を聞き、ずっと恋をしていたのだとわかったのです。そして、2人の父親が見た夢に出てきたのがエロスだったのだと気づきました。
フィレータースにチーズと小山羊をお土産に渡すと、お爺さんは帰って行きました。
次の日、ダフニスとクロエーは会うと接吻したり、抱きあったりしました。しかし、3つ目の裸で寝ることは、その後も長い間どうしてもできません。
〈恋の手ほどき〉
メーチュムナの裕福な若者たち
そうこうしているうちに、メーチュムナの裕福な若者たちが、狩を楽しむためにミュティレーネーに船でやってきました。夜には嵐になりそうなので、彼らは船を陸にあげ、とも綱でしっかり止めておきました。
しかし、1人の村人が綱を必要とし、人のいない船のとも綱を持っていってしまったのです。メーチュムナの若者たちは、泊まった宿に苦情を言って出発しました。
彼らは、ダフニスが住んでいる近くにやってきました。とも綱の代わりに、船を柳の枝で止めておいたのです。
ところが若者たちの犬のせいで、船の近くに逃げてきた山羊たちは、この柳を食べてしまったのです。その夜、運悪く海が荒れたため、船は沖合遠くに流されてしまいました。
メーチュムナの若者たちは大騒ぎしましたが、後の祭り。そのあげく、ダフニスの犬のせいにして、彼を殴りつけ、着物を脱がすと犬の鎖で後ろ手にしばろうとしました。
〈メーチュムナの若者たち〉
メーチュムナの若者とダフニスの審判
ダフニスは、ラモーンとドリュアースに救いを求めました。彼らはやってくると、メーチュムナの若者に決然と苦情を申し立てます。そこで、両者から公平に事情を聞くために、判定者に一番の高齢者フィレータースが選ばれました。
メーチュムナの若者たちはこう主張します。
「我々の船を止めていた柳をこの少年の犬が食べてしまい、船とたくさんの品物や大金を失ってしまった。その金で、この辺一帯は買えるほどだった。その償いとして、この少年は連れていく」
ダフニスは答えました。
「ぼくはちゃんと山羊を世話していました。今までだって苦情を言われたことはありません。この人たちは狩りの仕方も犬のしつけも悪いのです。その犬たちが、ぼくの山羊を追いかけまわしたのです。まるで狼のように。そして、船が流されたのは風のせいです」
判定者フィレータースは、ダフニスにも山羊にも罪はない、罪は海と風にあると断定しました。
メーチュムナの若者たちは納得できず、またダフニスを捕らえようとしました。しかし、村人たちがダフニスを助け、若者たちを村境から別の村へ追い出したのです。