〈クロエーの誘拐〉
メーチュムナの報復
ダフニスとメーチュムナの若者たちとの争いが終わり、クロエーは鼻血を出して血まみれになったダフニスをニンフの洞に連れて行きました。彼の顔を洗ってやり、元気が出るようにと接吻もしました。
一方、若者たちは自分の市メーチュムナに帰ると、本当のことは何ひとつ話さず、ミュティレーネーの人々に暴行を受けたと市民に訴えたのです。市民は、司令官にブリュアクシスを任命し、10艘の船を与え、ミュティレーネーの沿岸一帯を荒らすよう命令しました。
翌日、その命令は実行されました。ダフニスは山の上にいたので助かりましたが、山羊たちは連れ去られ、ニンフの洞にいたクロエーまで連れ去られました。
ダフニスはクロエーが毎日のようにニンフの像に品物を捧げてきたことを言い、泣きながらニンフに文句を言いました。彼は泣き疲れると、寝てしまいました。
ダフニスの夢に現れた3人のニンフ
〈夢の中でダフニスを元気付けるニンフ〉
夢の中で、ニンフたちはダフニスに語りかけます。
「ダフニスよ、私たちを責めてはならない。クロエーのことは、私たちの方で考えている。彼女をここで育てたのは私たちですよ。
あそこの松の根のもとに安置してあるパーンの像には、お前たちは一度も花を供えたことはなかった。でもね、そのパーンにクロエーの力になってくれるよう、すでに頼んでいます。彼らは戦いなれしていますから、メーチュムナ側にとっては怖い敵になるでしょう。クロエーは、明日になれば帰ってきます」
目をさましたダフニスは、ニンフとパーンの像に牡山羊1頭をお供えすることを約束しました。
パーンの逆襲
その日の夜、メーチュムナ勢が宴を開いている時、船に異様なできごとが起こりました。陸地一帯が明るくなり、大船団が近づくような激しい音がして、まるで野戦がおこったかのようでした。
次の日は、もっと恐ろしい日になりました。司令官ブリュアクシスがうとうとした時、パーンが夢にあらわれたのです。
「お前たちは、神の定めた法を守らない極悪人だ。ニンフやわしらパーンを敬うことなく、クロエーと牛、山羊、羊たちを奪った。すぐ返さなければ、海に沈め魚のエサにしれくれよう。ふたたび、メーチュムナの市を見ることはできぬ」
〈夢の中で司令官に忠言するパーン〉
クロエーの解放
司令官はクロエーを連れて来させると、上陸させ解放させました。すると、美しい笛の音が響きます。また、一頭のイルカが錨を上げる前から、司令官の船を誘導します。また、牛、山羊、羊をも導いたのでした。
高台の見張り場にいたダフニスはクロエーや家畜が帰ってくると、「ああ、ニンフ様、パーン様」と叫びながら降りてきました。そして、クロエーに抱きつくやいなや、その場に倒れてしまいました。
ダフニスが意識を取りもどすと、クロエーは恐ろしかった夜のことや楽の音が道案内してくれたことなどを詳しくダフニスに話しました。
その後、村の人たちを集め、ニンフとパーンに生贄を捧げ、みんなで食事をし、お祝いしました。フィレータースと息子ティーチュロスも加わっています。
〈パーンの徳を讃える宴〉
パーンとシュリンクス(葦笛)
フィレータースが自慢の笛を披露することになりました。しかし、ダフニスの笛では小さいので、息子に自分の笛をとりに行かせました。その間に、ダフニスの父ラモーンが『パーンとシュリンクス(葦笛)』の話をしました。
『この笛という楽器は、もとは美しい声の娘シュリンクスであったのだ。パーンが思いを寄せたのだが、娘は沼の中に姿を消してしまった。パーンは怒り葦を切り倒したが、娘は見つからなかった。諦めたパーンは、長さの違う葦の茎をロウで止め、この楽器シュリンクスを作ったのだ』
息子ティーチュロスが笛を持ってもどると、フィレータースは様々なテクニックで笛を吹き、一同を感心させました。
その笛の音に合わせて、ダフニスとクロエーが『パーンとシュリンクス』の物語を踊りました。フィレータースは2人に感心し、ダフニスに接吻して笛を与え、「この笛をおまえのような立派な後継者に残してやってくれ」と託しました。
こうして、その日が暮れると、みんなは家に帰ったのです。
〈シュリンクスの物語〉
牝山羊に再び誓うダフニス
次の日のこと。ダフニスはクロエーなしでは1日たりとも生きるつもりはないとパーンに誓いました。クロエーもニンフの洞で、ダフニスとは喜んで生死をともにすると誓いました。
クロエーは洞窟を出ると、不満顔で言いました。
「パーンは浮気な神様です。ピテュスにもシュリンクスにも恋をして......。あなたが浮気しても、けっしてパーンは罰しないわ。だから、この山羊たち、あなたを育てた牝山羊にかけてもう一度誓ってちょうだい」
ダフニスは一方の手で牝山羊を、もう一つの手で牡山羊をつかんで、クロエーへの愛を誓ったのです。