ティト〈パエトンの哀愁〉
パエトンの亡骸をさがす母クリュメネ
パエトンが死んだ時、母クリュメネはその亡骸を求めさまよいました。
やっとエリダノスの流れに、川の精が建てたパエトンの墓を見つけました。母はわが子の墓を涙で濡らしながら、胸元を広げて抱きしめました。
ここに パエトンが眠っている
父なる神の 車駕をあやつり
力及ばずして 逝く
その大いなる 雄図虚しく
パエトンの姉妹(ヘリアデス)
パエトンの姉妹も日夜パエトンの名を叫んでは涙を流し、墓に伏していました。月が四度満ちても、彼女たちは習慣のようにそうしていました。
あるとき、長女のパエトゥーサは地に伏せようとして、自分の足がこわばって動かなくなっていました。色白のラムペティエが姉のそばに駆け寄ろうとすると、これまた、動けなくなっていました。
つぎの妹は、いつものように髪の毛を掻きむしろうとすると、その手は木の葉をつかんでいました。他の娘たちも、足が木の幹になっていたり、腕が木の枝になっていたりしました。
姉妹には何が何だかわからず、恐怖に囚われていました。すると、樹皮が下腹部を包み、腹部、胸部、肩、顔を覆っていきました。口が樹皮に覆われる前に、姉妹は母親に助けをもとめました。
「お母さん、た・す・けて......」
母親クリュメネになにができるでしょうか。娘たちの間をいったりきたりし、ただおろおろしているだけです。そして、娘たちから、樹皮を引き剥がそうとしたり、木の葉をむしり取りはじめました。
「痛い!やめて!お母さん、お願い。樹皮や木の葉は私たちの体の一部なの。ああ、もう......さ・よ・う・な・ら」
言ったと同時に、その口さえも樹皮に覆われてしまい、ポプラの樹々になってしまったのです。
その樹皮からは、とめどなく涙が流れ落ちます。涙は日の光により固まり、琥珀(コハク)となりました。澄んだ流れの川は、この琥珀をローマへと運びました。そこで、貴婦人を飾る宝石となったのです。
パエトンに親しいキュクノス
パエトンと親しい母方の遠縁にあたるキュクノス。
彼はポフラの樹々とエリダノスの流れを毎日眺めていました。眺めては嘆き叫んでいたのです。彼の叫び声はか細くなり、頭髪は白い羽毛に変わり、首は長く伸び、口はクチバシとなりました。
足の指は赤くなり、水かきがその間を埋め、腕は翼となって...... とうとう、キュクノスは白鳥に変身してしまったのです。
白鳥は、パエトンを雷電で打ったユピテルには決して従うことはありませんでした。パエトンが雷火に包まれ墜落して死んでしまったからです。また、水の流れや湖を好むようにもなりました。
パエトンの父ヘリオス太陽神の悲嘆
パエトンの父ヘリオスも悲嘆のあまり、太陽の車駕に乗る気も失せていました。まるで日食の時のように、世界は暗黒のままでした。
「世界の始まりより、休みなく終わりのない太陽の車駕の勤めはもうごめんだ!誰か他の者がすれば良い。だか、誰もがそうする力がないだろう。
そうだ、ユピテルご本人が御すればいいのだ。そうすれば、炎のようなあの馬たちの力を存分に思い知ることになろう。
その時こそ、うまく御せなかったといって、その者を雷火で死の刑罰に処すことはないであろう。ましてや、パエトンはまだ成人していない若者だったのだ!」
やがて、太陽神ヘリオスのまわりに、神々が集まって懇願し始めました。
「このまま世界を闇のままにしていていいのか、なんとか太陽の車駕に乗って、再び世界に光をもたらしてはくれないだろうか」
ユピテルも今や雷火を投げたことを弁明し、その尊厳だけは保ちつつ、車駕に乗るよう促しました。
ここに至って、ヘリオスも太陽の車駕に乗り、その鬱憤は4頭の馬たちに向けたのです。馬たちはいななき、太陽の車駕は光を放ちながら、空へと舞い上がって行きました。
(ユピテル=ゼウス、ヘリオス=アポロン)