〈ミノス王とスキュラ〉
クレタ島の王ミノスの息子アンドロゲオースの死
クレタ島の王ミノスの息子アンドロゲオースはアテナイでの競技に優勝することが多く、他の競技者にねたまれて殺されました。また別の説では、その実力を認められ、アテナイ王の要請で牡牛退治を頼まれ、不慮の死を遂げたともいわれていました。
息子の死に疑問を持ったミノス王は、アテナイとその王の兄弟ニーソスが統治していたメガラに戦争をしかけました。そして、メガラの城が包囲攻撃され、はや六ヶ月も経っていました。
ニーソス王の娘スキュラの恋心
城の塔からクレタ軍を見下ろしていたニーソス王の娘スキュラ。いつしか彼女はミノス王に心を奪われ、居ても立っても居られない有様になっていました。
「あの方の立ち居振る舞いはなんと美しいのだろう。あの白馬になって、あの方に乗ってもらいたい。あの方のために城門を開ければ、この国はすぐあの方の元にひざまずくだろう。正義は息子を殺されたあの方にあるのだもの。そうすれば、もう誰も死なない、万が一にもあの方が死ぬことはない。
このままでは、あのお方は国に帰ってしまう、それは絶対にいや。でも、この城は落ちない、父のあの秘密を知らなければ……」
ニーソス王の秘密とミノス王の激怒
「あの秘密」とはなんでしょうか?
それはメガラ王ニーソスの一房の緋色の髪を切りとらないかぎり、メガラの城は落ちないという神託です。スキュラは決心しました。
その夜の出来事です。スキュラは父の寝所にこっそりしのびこむと緋色の髪の房を切りとりました。それを持ってクレタの陣に行き、その秘密をミノス王に語ったのです。
しかし、王は激怒しました。
「なんという恥知らず! 親を大事にしない、自分の国と国民を裏切る。あなたのような女性を、私はけっして受け入れない。そんな女をわがクレタ島へは決して連れ帰るわけにはいかない」
翌朝、ミノス王が総攻撃をしかけると、城は簡単に落ちてしまいました。王はメガラの町を破壊することもなく、校正な条約を結び、クレタ島へ引き上げることになりました。
ニーソス王と娘スキュラは、ミサゴとシラサギに
「あの、恩知らず! 誰のおかげで城が落とせたのか。父も国も裏切った私に、なんという仕打ち」
怒ったスキュラは海に飛びこむと、王の船の船尾にしがみつきました。しかし、この先どうなるのか、自分が何をしたいのかは全く考えていません。
そこへ、大空から舞い降りてきた大きなミサゴが鋭いくちばしと爪で彼女に襲いかかりました。たまらず彼女は船尾から手を離し、そのまま海中に沈んでいきました。なんと、このミサゴは、死んだ彼女の父ニーソス王の化身だったのです。
それでも、彼女を憐れんだ神様もいたのでしょう。彼女は死ぬこともなく、シラサギに変身させられました。こうして今も、シラサギはミサゴに襲われることになったということです。
※ミノス王はクレタ文明の祖といわれる偉大な王ですが、ダンテは地獄行きにしています。もっとも、イエス誕生前の人々はキリスト教がなかったので、みんな地獄か煉獄行きです。また、この話は旧約聖書「サムソンとデリラ」のサムソンの髪の秘密に似ています。
ブレイク〈ダンテ「神曲」ミノス〉