〈ゼウス〉
ゼウス目覚める
ヘラのかたわらで下界を見たゼウスは、あっけにとられました。
トロイア軍がギリシャ軍に追い立てられていたからです。追い立てるギリシャ軍の中にポセイドンがいることも分かってしまいました。しかも、ヘクトルは仲間の中で血を吐き、瀕死の状態です。
「ヘラよ、そなたは手に負えぬ女だな。ヘクトルが負傷し、トロイア軍が押されているのは、そなたの企みだな。かつて、そなたがヘラクレスを漂流させた時、わしにオリュンポスに宙づりにされたのを忘れたのか」
ヘラは震えました。
「ステュクスの水に誓って言いますが、ポセイドンが暗躍しているのは、私のせいではありません。彼が、勝手にギリシャ勢を哀れんでのことです」
ゼウス、ヘラに言い渡す
「ヘラよ、では虹の神イリスとアポロンを呼んできてくれ。イリスはポセイドンに引き退るように言いつける使いだ。アポロンはヘクトルに新たに力を吹き込んでやり、ギリシャ勢をアキレウスの船近くまで追い立てるのだ。
さすれば、アキレウスはパトロクロスを立ち上がらせる。パトロクロスは我が子サルペドンを含む武将を倒した後、ヘクトルに討たれる。怒ったアキレウスが、ヘクトルを討つという運びになる。
しかして、トロイア城はアテナの計略通り落ちるのだ。だから、今は誰もギリシャ勢を加勢してはならぬ。ヘラ、お前の思惑どうりになろう」
ヘラ、オリュンポスに帰る
ヘラは、急いでオリュンポスに行きました。神々の食卓でヘラは、軍神アレスをけしかけます。
「ゼウスには何を言っても無駄。自分は神々の中で一番だと思っている。みな、辛抱するしかない。現に息子アスカラポスを戦いの中で失ったアレスはつらいことであったと思う」
アレスは、ヘラの思う通りに動かされます。
「私が船陣に出向いて、倅の仇を討つのを咎めないでほしい。たとえ、ゼウスの雷に打たれるのが私の運命であってもだ」
そう言うと、「恐怖」と「潰走」に馬をつなげと命じ、武具をつけるアレス。
それを止めたのはアテナだった。
「アレスよ、狂ったか。身の破滅になるぞ。ゼウスの思惑を忘れたか。それに、そなたの息子ばかりではないぞ。たくさんの者が討たれているのだ」
ヘラはイリスとアポロンを外へ連れ出すと、ゼウスの元へ行くよう告げます。
イリスはポセイドンの元、アポロンはヘクトルの元へ
ゼウスは、まずイリスに命じます。
「イリスよ、ポセイドンに告げよ。戦いをやめてオリュンポスへ戻れ、さもなくば聖なる海へ引き返せと。従わなければ、わしが力ずくでそうするとな」
イリスはすぐさまポセイドンのところへ行き、ゼウスの言葉を伝えました。
「腹がたち、しゃくにさわるが今はそうしよう。だが、いずれギリシャ方を勝たせなければ、どうなるか知らぬぞ」
ポセイドンが海に帰っていくと、ギリシャ勢は落胆しました。
また、ゼウスはアポロンに告げます。
「ポセイドンは、すでに海に帰った。アポロンよ、ヘクトルの許へ行き、面倒を見てやれ。ギリシャ軍を船陣まで追い立てさせるのだ。その後はわしの方で考えよう」